コラム

従業員の引き抜きを違法と評価した裁判例について、企業側の弁護士が解説

2024-07-21

企業運営をしていると、元役員が自社の従業員を引き抜いてきたり、競合他社が自社の従業員を引き抜いてくることもあります。

前回の記事では、従業員の引き抜きが違法と評価されるか否かの判断基準について、詳細に解説しました(「従業員の引き抜きが違法と評価される場合とは?」)。

今回は、実際に従業員の引き抜きが違法と評価された裁判例について、会社側で労働問題に注力している弁護士が解説します。経営者の方や、担当者の方は、是非参考になさってください。

1.従業員の引き抜きが違法か否かの判断基準

まず、どのような場合に、従業員の引き抜きが違法と評価されるのかについて、簡単に解説します。

引き抜き行為をしてきた相手方が、①在職中の取締役や従業員、②自社の元取締役や元従業員、③競合他社のいずれかで、判断基準は少し変わることになりますが、概ね、下記の場合には、従業員の引き抜きが違法と評価されることになります。

■判断基準

単なる勧誘の範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した方法で引き抜き行為が行われた場合には、引き抜き行為が違法となる

引き抜き行為が違法と評価された場合には、実際に引き抜き行為をしてきた相手方に対する損害賠償請求が認められることになります。

より詳しい内容については、「従業員の引き抜きが違法と評価される場合とは?」の記事にて解説しています。気になる方は、参考になさってください。

2.従業員の引き抜きを違法と評価した裁判例

ラクソン事件(東京地裁平成3年2月25日判決)では、会社に在職中の幹部社員が自身の部下の大多数を、転職先の競合他社に引き抜いた行為の違法性が、問題となりました

この裁判例では、競合他社への大量の引き抜きが計画的、背信的であるとして、①当該引き抜き行為をした幹部社員、及び、②転職先の競合他社への損害賠償請求を認めました。

この裁判例は、少し古い裁判例にはなりますが、今なお重要な価値がある裁判例ですので、以下では、詳細に、この裁判例を解説していきます。

(1)引き抜き行為をした幹部社員の責任

この裁判例では、幹部社員による引き抜き行為が、「計画的かつ極めて背信的」なものであり、「もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引き抜き行為であり、不法行為に該当するものと評価せざるを得ない」と判断し、幹部社員の損害賠償責任を認めました。

裁判所が、違法性の判断に際して、以下の事実を重視しました。

■裁判所が重視した事実

引き抜き行為をした者が、会社の営業において中心的な役割を果していた幹部社員で、しかも引き抜き行為の直前まで会社の取締役でもあったこと

引き抜き行為をした者が、部下とともに会社の社運をかけたプロジェクトを任されていたこと

引き抜き行為をした者も、自身とともに部下が一斉退職すれば、会社の運営に重大な支障が生じることを熟知していたこと

引き抜き行為の方法も、まず役職者の部下たちに対して移籍を説得したうえ、その説得が成功した後に、会社に知られないように、内密にその下の部下であるセールスマンらの移籍を計画・準備したこと

セールスマンらが移籍を決意する以前から、移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備していたこと

慰安旅行を装って、事情を知らないセールスマンらをまとめて連れ出し、ホテル内の一室で移籍の説得を行ったこと

その翌日には、打合せどおりホテルに来ていた、転職先の会社役員に、移籍先の会社の説明をしてもらったこと

役員に会社説明をしてもらった、その翌日から、早速競合他社の営業所で営業を始め、その後にセールスマンらに被害会社への退職届けを郵送させたこと

この裁判例では、上記①から⑧の引き抜き行為の態様が、計画的かつ極めて背信的であったといわねばならないと評価して、幹部社員の損害賠償責任を認めています

(2)引き抜き行為に加担した競合他社の責任

この裁判例は、引き抜き行為に加担した新雇用主の行為についても、「単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない」と判断し、競合他社の損害賠償責任を認めました。

裁判所は、競合他社の下記のような行為を重視して、違法である旨の判断をしました。

■裁判所が重視した事実

事前に引き抜き行為をした幹部社員に接触し、被害会社における幹部社員やその部下の役割と、それらが抜けた場合の被害会社の受ける影響を十分認識していながら、幹部社員と集団的移籍のための方法を協議していたこと

従業員の大量移籍が、あくまで被害会社に内密に行われることを前提にして、いわば不意打ち的な集団移籍の計画であったこと

セールスマンらに移籍の勧誘がされる前に、被害会社の幹部社員とその部下たちが移籍することを前提として、あらかじめ30坪の広さを有する事務所を被害会社の幹部社員に提供したこと

慰安旅行先に出向いて、セールスマンらに対し自社の会社の説明をすることを、旅行の前から、被害会社の幹部社員と打合せていたこと

慰安旅行が被害会社の代表者に発覚したとの報告を幹部社員から受けると、急遽、当初と異なるホテルを手配したり、バスをチャーターし、しかもこのホテル宿泊費及びバスチャーター料をすべて負担するなど、移籍の勧誘のための場所作りに積極的に関与したこと

慰安旅行の2日目には、実際にホテルの会議室で、被害会社のセールスマンらに自社(新雇用主)の会社の説明会を開催したこと

振興会の準会員として、セールスマンリクルートを自粛するという振興会の統一見解を遵守しなければならない立場にあったにもかかわらず、それに違反する、引抜行為を実行したこと

この裁判例では、上記①から⑦の事情を、総合判断すると、競合他社の行為は、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない旨判断されています

3.最後に

今回は、従業員の引き抜きが違法と評価された裁判例について、企業側の弁護士が解説しました。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

従業員の引き抜きについて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。

従業員の引き抜きが違法と評価される場合とは?

2024-07-15

企業運営を行っていると、自社の元役員が自社の従業員を引き抜いてきたり、競合他社が自社の従業員を引き抜いてきたりすることもあります。

もし、自社の従業員が引き抜かれた場合、引き抜き相手に対する損害賠償請求は認められるのでしょうか。引き抜き行為が違法と評価される場合には、引き抜き相手に対する損害賠償請求が認められることになります。

そこで、今回は、従業員の引き抜きが違法と評価される場合について、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説いたします。自社の従業員が引き抜かれた経営者の方や、企業担当者の方は、是非参考にしてみてください。

1.引き抜きが問題となる3つのケース

自社の従業員が引き抜かれた場合、おおよそ、下記の3つのケースが考えられます。

(1)在職中の取締役や従業員が、自社の従業員を引き抜くケース

意外と多いのが、在職中の取締役や従業員が、自社の従業員を引き抜くケースです。

在職時に引き抜き行為をした取締役や従業員は、通常、その後に自社を辞めて、競合他社に転職するか、競合の会社を設立します。

この場合、引き抜き行為をした取締役や従業員への損害賠償請求とともに、競合他社への損害賠償請求も検討することになります。

(2)自社の元取締役や元従業員が、自社の従業員を引き抜くケース

既に、自社を辞めた取締役や従業員が、競合他社に転職したり、競合の会社を設立しており、自社の従業員を引き抜いてくるケースです。

実務上、このパターンが特に多い印象です。このケースの場合、引き抜き行為をしてきた元取締役や元従業員は、自社を辞める際に自社と揉めていることも多いです。

この場合には、引き抜き行為をした元取締役や元従業員への損害賠償請求とともに、競合他社への損害賠償請求も検討することになります。

(3)競合他社が、自社の従業員を引き抜くケース

最後は、競合他社が、自社の元従業員などを介在させずに、単独で引き抜いてくるケースです。

このケースの場合には、上の2つのケースほど、強引に引き抜いてくることは少ない印象です。

2.引き抜きが違法と評価される場合について

自社の従業員が引き抜かれた際に、会社が損害賠償請求を行うことを検討する相手方は、下記の3者になります

①在職中に引き抜き行為をしてきた取締役や従業員

②退職後に引き抜き行為をしてきた自社の元取締役や元従業員

③引き抜き行為をしてきた(又は①や②に加担した)競合他社

引き抜きが違法と評価されるか否かの基準については、下記にて詳しく解説しますが、引き抜き行為が社会的相当性を逸脱したと認められる場合には、違法との評価を受けることになります。

(1)基本的な考え方

労働者には、職業選択の自由があり、労働者には転職の自由が認められています。それゆえ、労働者が新たな就職先と雇用契約を締結することも自由です。

そのため、このような自由を有する労働者を勧誘したり、情報提供などにより援助することも、原則として自由であるとされています。

裁判例においても、会社に在職中の社員が他の従業員に対して、自身の転職先の競合他社への引き抜き行為をした事例で、これが単なる転職の勧誘にどどまる場合には、違法ではないと判断しています。

■裁判所の判断(原則論)

従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として就業規則を遵守するなど雇用契約上の債務を誠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負い、従業員がこの義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合は、これを賠償すべき責任を負うというべきである。
そして、労働市場における転職の自由の点からすると従業員が他の従業員に対して同業他社への転職のため引き抜き行為を行ったとしても、これが単なる転職の勧誘にどどまる場合には、違法であるということはできない

仮にそのような転職の勧誘が、引き抜きの対象となっている従業員が在籍する企業の幹部職員によって行われたものであっても、企業の正当な利益を侵害しないようしかるべき配慮がされている限り、これをもって雇用契約の誠実義務に違反するものということはできない。

(2)引き抜きが違法と評価される場合

ア 在職中に取締役や従業員が引き抜き行為をした場合

しかし、当然ながら、引き抜き行為が、どのような場合にも適法となるわけではありません。

裁判例上も、会社に在職中の幹部社員が他の従業員に対して、自身の転職先の競合他社への引き抜き行為をした事例で、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、引き抜き行為が違法になると判断されています。

■裁判所の判断(違法と評価される場合について)

企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れないというべきである。

そして、当該引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかの判断においては、引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべきである。

■弁護士の補足解説

自社に所属する者が他の従業員を引き抜いたことが問題になった際には、裁判所は、引き抜き行為が社会的相当性を逸脱した場合には、違法になると判断します。

そして、多くの裁判例の傾向を見てみると、その判断にあたっては、概ね、下記の4つの事情を中心に、諸般の事情を総合考慮して判断されています

①引き抜き行為をした従業員の当該会社における地位

引き抜き行為をした従業員が、会社の幹部社員であったり、会社の中で中心的役割を果たすものであった場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。

②引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数

引き抜かれた人数が多く、しかもその会社で重要な地位を担っている者を引き抜いた場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。

③従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響

引き抜きにより、会社の業務運営に重大な支障を及ぼす場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。

④引き抜きの際の勧誘の方法・態様

下記の場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。

・競合他社への就職が内定していながら、これを会社に隠して引き抜き行為をした

・引き抜き行為をした者や引き抜かれた者が、突然会社を退職した上、退職にあたって何らの引継ぎ事務を行っていない

・他の従業員に会社にとってマイナスな虚偽の情報を伝え、金銭供与をするなどして転職を勧誘した

・慰安旅行を装って、事情を知らない従業員をまとめて連れ出し、ホテル内の一室で移籍の説得を行った

イ 自社の元取締役や元従業員が引き抜き行為をしてきた場合

自社の元取締役や元従業員が引き抜き行為をしてきた場合、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されます

そして、その判断にあたっては、①引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、②従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、③引き抜きの際の勧誘の方法・態様などの事情を中心に、諸般の事情を総合考慮して判断されることになります。

判断基準については、概ね同じであるものの、在職中の取締役や従業員による、引き抜き行為のケースよりは、違法と評価されることが難しくなります

■裁判所の判断

従業員が勤務先の会社を退職した後に当該会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは原則として違法性を有しないが、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負うと解すべきである

ウ 競合他社が引き抜き行為をしてきた場合

競合他社が引き抜き行為をしてきた場合、単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いたといえる場合には、引き抜き行為が違法と評価されることになります

裁判例で問題になるケースは、競合他社が単独で引き抜き行為をしてきた場合よりも、(1)や(2)の従業員の引き抜き行為に加担している場合が多いです。

■裁判所の判断

企業が同業他社の従業員に対して自社へ転職するよう勧誘するに当たって、単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合、当該企業は、同業他社の雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為責任に基づき、引き抜き行為によって同業他社に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

3.最後に

今回は、従業員の引き抜きが違法と評価されるか否かの判断枠組みについて、解説しました。

次回は、実際に従業員の引き抜きが違法と判断されて、引き抜き相手に対する損害賠償請求が認められた裁判例について、詳細に解説していきたいと思います。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

従業員の引き抜きについて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。

従業員から労働訴訟を起こされた時に会社が取るべき対応

2024-07-07

近年、企業が(元)従業員から労働訴訟を起こされることも少なくありません。

そこで、今回は、企業が(元)従業員から労働訴訟を起こされた時に、会社が取るべき対応などについて、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説いたします。労働訴訟を起こされた経営者の方や、企業担当者の方は、是非参考にしてみてください。

1.企業が従業員から訴えられる内容

企業が(元)従業員から訴えられる労働訴訟の内容としては、下記の4つが代表的なものになります。

(1)解雇無効

1つ目は、解雇が無効であると訴えられるケースです。

これは、労働者の地位に関わる訴えになります。

この場合、解雇無効の訴えとともに、従業員から会社に対する賃金請求も加えられていることがほとんどです。この賃金請求においては、解雇が無効になった場合に、解雇期間中の賃金をさかのぼって請求されることになります。解雇してから判決が出るまでに、数年単位でかかることもあり、このような場合には、数年分の賃金請求が飛んでくることになります。

この訴えを企業が起こされた場合には、①解雇に合理的な理由があること、②解雇という手段を選択することが相当であることを、企業側が積極的に主張していく必要があります。

(2)セクハラやパワハラなどを理由とする損害賠償請求

2つ目は、セクハラやパワハラを理由に、企業が損害賠償請求を受けるケースです。

このケースの場合には、セクハラやパワハラをしたとされる従業員や役員とともに、企業も損害賠償を受けるケースになります。

会社内でセクハラやパワハラがあった場合、企業側の責任が認められてしまうことも多いです。

この訴えを企業が起こされた場合には、企業側は、主に下記のような反論をしていくことになります

①そもそもセクハラやパワハラが存在しない

②セクハラやパワハラについて企業が適切に防止措置を取っていた

③セクハラやパワハラが発覚した後に企業が適切に対応している

(3)労働災害を理由する損害賠償請求

3つ目は、労働災害を理由に、企業が損害賠償請求を受けるケースです。

これは、労働が原因で従業員が死亡したり、障害を負った場合などに、企業が損害賠償を受けるものです。

代表的なものとしては、過労死や、長時間労働が原因で従業員が大きな障害を負う事例などが挙げられます。

この訴えを企業が起こされた場合には、企業側は、主に下記のような反論をしていくことになります

①その従業員が労働者ではない(労働者性)

②従業員の死亡又は障害は、業務が原因ではない(業務起因性)

この②の中で、過重労働や長時間労働といった従業員側の主張には理由がないことを主張してくことになります。

③従業員側の主張する損害額が誤っていること(損害論)

もし、従業員側が障害を負って、後遺障害等級が付いている事案であれば、後遺障害等級についての反論も検討することになります。

(4)未払残業代請求

4つ目は、未払残業代請求などの、未払賃金を請求されるケースです。

未払残業代や未払給料については、元々2年で時効消滅していましたが、2020年4月1日から時効期間が3年に伸びました。そして、将来的には、時効が5年になる見込みです。

この消滅時効期間が伸びたことにより、未払残業代などの請求金額も大きくなってきています。

この訴えを会社が起こされた場合には、企業側は、主に下記のような反論をしていくことになります

①従業員側の主張する労働時間が誤っている

②管理監督者に該当するため、未払残業代を支払う必要がない

③時効により消滅している

2.訴訟を起こされた際に企業が取るべき対応

(1)訴状と証拠の内容確認

企業が(元)従業員から訴えられた場合、裁判所を通じて、従業員側の訴状や証拠などが送られてくることになります。

この訴状の「請求の原因」と記載されている部分の中には、一体なぜ、当該従業員が企業を訴えているのかの理由が示されています。そして、相手方の主張を裏付ける証拠も添付されています。

まず、企業においては、相手方の主張の適否について、検討する必要があります

(2)反論を検討する

相手方の主張を理解した後は、自社で反論を検討することになります。

労働訴訟において、通常、従業員側の訴状の内容が全て正しいということはありません。

企業において、訴状の誤っている部分についての反論を検討するとともに、企業側の主張を裏付ける証拠を収集していくことになります

(3)企業側の労働訴訟に長けている弁護士を探す

企業が労働訴訟を起こされた場合、ほとんどのケースで、企業は弁護士に依頼をします。これは、自社で訴訟に対応することが、現実的にみて難しいためです。

そのため、当該訴訟を依頼するために、企業側の労働訴訟に長けている弁護士を探す必要があります。

もし、自社に顧問弁護士がいるのであれば、まずはその弁護士に相談することになるでしょう。

意外と、自社の顧問弁護士が労働訴訟に対応していないケースもあるようで、当事務所にも顧問弁護士がいるのに労働訴訟についてご相談やご依頼を頂くケースもあります。

裁判所から訴状が届いたタイミングですぐに弁護士にご相談頂ければと思います

(4)答弁書を作成する

訴えられた場合、企業は答弁書を作成する必要があります。

この書面において、従業員側の主張が誤っている点や、企業側が認識している事実関係及びそれを裏付ける証拠を示していくことになります。

裁判官は早い段階で訴訟の見通しを立てることも多いため、初回の答弁書から、自社の主張を全て出し切るつもりで対応することが重要です

3.顧問弁護士のすすめ

企業が訴えられた場合にも、顧問弁護士がいれば、すぐに相談をして対策を打てるため、安心です

企業が訴えられると、必要以上に不安になる経営者の方もいらっしゃいます。これまで、訴えられたという事実を重くとらえて、1人で悩み、精神的に追い込まれた経営者の方も見てきました。

しかし、経営者の方の役割は、前を向いて会社を前進させることであり、訴訟を起こされたからといって必要以上に不安になられる必要はありません。

このような企業の防衛については、顧問弁護士に任せて頂くのがよいと考えています。

これまでの顧問先様からのご依頼案件の中には、対応を間違えると顧問先様が危機的状況に陥るような案件も多数ありましたが、当事務所では顧問先様にご満足頂く形で無事に案件を解決してきました。安心して、当事務所に顧問弁護士をお任せ頂ければと思います。

4.最後に

今回は、従業員から労働訴訟を起こされた時に企業が取るべき対応について、解説いたしました。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

当然、労働訴訟についても多数の対応経験を有しており、労働訴訟に関する企業側の対応方法を熟知していると自負しております。

従業員から労働訴訟を起こされて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。

労働審判における企業側のメリット

2024-06-30

労働審判においては、企業側の準備期間が短く、企業側が不利な手続きであると語られることも少なくありません。

では、労働審判における企業側のメリットはないのでしょうか?

今回は、労働審判における企業側のメリットについて、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説いたします。労働審判を起こされた経営者の方や、企業担当者の方は、是非参考にしてみてください。

1.紛争を早く解決できる

労働審判における企業側の一番大きなメリットは、紛争を早く解決できることです

というのも、労働審判は、原則として3回以内の期日で審理を終えることになっており、迅速な解決が目指される手続きです。平均審理期間は81日であり、67%もの事件が申立てから3か月以内に終了しています

令和4年の司法統計では、労働関係訴訟の平均審理期間は17ヶ月とされており、訴訟と比べて、労働審判がいかに早く紛争を解決できる手続きか、お分かりいただけるかと思います(労働訴訟は本当に時間がかかります。)

紛争の解決が長引けば、企業担当者の人件費というコストがかかる上、中小企業の場合には、経営者の方にとっても精神的な負担となることもあります。また、退職済みの従業員の場合、未払い賃金について、退職後の期間には年14.6%もの遅延損害金が発生するため、期間が伸びれば伸びるほど支払い金額が大幅に増額になってしまう可能性があります。

そのため、紛争を早く解決することは、企業にとって大きなメリットであり、これが労働審判における一番大きなメリットとなります。

2.従業員側の譲歩を引き出しやすい

労働審判においては、調停という話し合いにて事件が終了するケースが、全体の約7割になります。例えば、令和2年の司法統計では調停成立が68.1%、令和元年の司法統計では調停成立が71.2%となっています。

このように、実は労働審判では、多くのケースでは、調停という話し合いによって事件が解決しています。

この調停においては、基本的には、会社側と従業員側が互いに譲歩をして、解決に至るため、従業員側の譲歩が引き出しやすいです

労働訴訟に移行した場合には、従業員側も徹底抗戦をしてくることが多いですが、従業員側としても、可能な限り事件を早く解決したいとの意向を持っていることが多いため、労働審判では、一定程度の譲歩をしてくることも多いです。

そのため、労働者側の譲歩を引き出しやすいというのも、労働審判における企業側のメリットとなります。

3.付加金をカットできる

付加金とは、未払残業代などを支払わなかった会社に対する制裁で、会社が支払うべき金額と同一金額の支払いを命じられるものです。

要は、裁判所において悪質性が高いと判断した場合に、判決において、未払残業代などを2倍支払うことを命じられる制度となります。

付加金は判決でこれを命じる制度になりますので、労働審判の時には、付加金の支払いが命じられません

対して、労働審判にて解決せずに、紛争が訴訟に移行した場合には、判決により付加金が命じられる可能性がありますので、この点は頭の片隅にでも置いておいて頂ければと思います。

4.最後に

今回は、労働審判における企業側のメリットについて、解説いたしました。

上記の通り、一番大きなメリットは、紛争を早く解決できることになりますが、企業の状況によっては、他の従業員への波及を防止するために、徹底抗戦を選択する場合もあるかと思います。

その辺りの、個別具体的な事情に基づく決断については、依頼する弁護士と十分にご相談頂ければと思います。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

当然、労働審判についても多数の対応経験を有しており、労働審判に関する企業側の対応方法を熟知していると自負しております。

従業員から労働審判を起こされて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。

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従業員から労働審判を起こされた時に会社が取るべき対応

従業員から労働審判を起こされた時に会社が取るべき対応

2024-06-16

近年、企業と従業員との間で紛争が発生することも増えています。

そして、突然、企業が従業員や元従業員から、労働審判を起こされることもあります。

そこで、今回は、労働審判の流れや労働審判を起こされた際の企業側の対応方法などについて、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説いたします。

労働審判を起こされた経営者の方や、企業担当者の方は、是非参考にしてください。

1.労働審判とは

労働審判とは、解雇や給料の不払いなど、個々の事業主と労働者との間の労働関係のトラブルを、迅速かつ実効的に解決するための手続になります。

労働審判の一番大きな特徴は、期日が3回以内で終わる迅速な手続きであるということです。

他にも、労働審判には、下記のような特徴があります。

①訴訟手続きとは異なり非公開の手続であること

②裁判官1名と労働審判員2名で組織される労働審判委員会が手続きを行うこと

(注)労働審判員は、雇用関係の実情や労使慣行等に関する詳しい知識と豊富な経験を持つ者の中から、最高裁判所により任命されることとなっています。

③裁判所の出す労働審判に対して不服のある当事者が異議申立てをすれば、労働審判は効力を失い、訴訟手続きに移行すること

2.労働審判の流れ

以下では、実際の労働審判の流れについて、解説していきます。

(1)従業員側からの申立て

通常、労働審判は、従業員や元従業員が、地方裁判所に対して、労働審判の申立書を提出することによって始まります。

以前は、元従業員が申し立てることが多く、現在も働いている従業員が申し立てることはほとんどなかった印象なのですが、最近では、現従業員から申し立てられることも少しずつ増えてきた印象です。

(2)裁判所から企業への期日指定や呼び出し

次に、裁判所から会社に対して、申立書の写しや期日呼出状等が郵送されます。

労働審判では、申立てがされた日から40日以内に第1回期日が指定されます。

この第1回期日の日時は、会社の都合も聞かずに一方的に指定されますが、基本的には日時の変更は認められていません。

通常、裁判所から申立書などが届いてから、第1回期日までは、1ヶ月ほどの期間になっています。

(3)企業側による答弁書や証拠の提出

上記書面の郵送の際には、「答弁書催告状」と言われる書面も同封されており、企業側が答弁書の提出を求められるとともに、答弁書の提出締切も記載されています。

おおよそ、企業側に上記書面が届いてから、約3週間で答弁書や証拠の提出が求められることになります

労働審判では、この答弁書の内容を前提にやり取りが進んでいくので、この答弁書の内容が極めて重要になります。

なお、実際の答弁書の提出締切は、初回の労働審判期日の約7日前から約10日前に設定されている印象です。

(4)初回の労働審判期日

労働審判期日は、裁判官1名と労働審判員2名で組織される労働審判委員会が手続きを行っていく形になります。

当事者の出席者としては、申立をした従業員とその代理人弁護士、企業側の担当者とその代理人弁護士になります。

初回期日の審理時間は、2時間から3時間ほどになります。

初回期日では、争点を整理した上で、裁判官や労働審判員から各当事者に対して、質問をしていくことになります。

既に提出済みの答弁書の内容と、初回期日での質問に対する企業側の回答で、解決の大体の方向性が決まるため、初回期日に向けてしっかり準備をすることが重要です。

(5)第2回及び第3回目の労働審判期日

第2回目と第3回目の期日では、主として、解決に向けての話し合いが進められていくことになります。

この話し合いがまとまれば、調停が成立し、手続きが終了することになります。

話し合いの方法としては、裁判所主導型で調停案が出されてそれを双方が検討していく方法と、当事者双方の解決案への希望を裁判所が間に入って調整していく方法の2パターンがあります。

裁判官によっても調停のまとめ方は異なりますが、印象としては、まずは当事者双方の解決への希望を聞いて、当事者主導では溝が埋まらなさそうな時は、裁判所主導型に切り替えて、調停案が出されるイメージです。

(6)労働審判

話し合いがまとまらなければ、各当事者の主張等を踏まえて、労働審判委員会(裁判所)が労働審判を出すことになります。労働審判とは、訴訟の判決のようなものです。

労働審判に対して、当事者から、2週間以内に異議の申し立てがなければ、労働審判は確定します。労働審判が確定すれば、従業員から企業への強制執行の申立もできるようになってしまいます。

対して、労働審判に対して、当事者から2週間以内に異議の申し立てがされれば、労働審判は効力を失い、訴訟手続きに移行することになります。

労働審判の内容に不服があるのであれば、必ず異議の申し立てをしなければなりません。

なお、当事者の話し合いの様子を見て、労働審判を出しても確定することはないと裁判所が判断した場合などには、労働審判が出されないこともあります。

3.労働審判への企業側の対応方法

(1)答弁書を全力で作成する

申立人である従業員側は、時間制限もないため、入念に準備をして「申立書」を作成してきます。

しかも、労働審判の対象となる紛争は、元々、従業員側に有利な案件も多いです。

他方、企業側には答弁書提出までの準備期間は、3週間ほどしか与えられていません。

このように、労働審判は企業側には一見不利な条件ではありますが、企業は答弁書を全力で作成し、自社に有利な証拠は最初に出しきる必要があります。

なぜなら、労働審判においては、この答弁書や証拠の内容によって、裁判所において、どちらの当事者が有利かに関しておおよその心証を取ることになりますし、その後の書面提出や証拠の提出もあまり予定されていないためです。

労働審判では、最初の答弁書と証拠が決定的に重要になりますので、企業側は、答弁書作成に際して入念に準備をすることが必要になります

なお、繁忙期に答弁書の提出が求められ、労働審判を無視したり、答弁書を適当に作成しようと考える企業経営者の方もたまにいらっしゃいます。

しかし、労働審判を無視することは裁判所に喧嘩を売っているに等しいですし、適当な答弁書を提出して、一度決まった裁判所の心証を覆すのは極めて困難ですので、これらは絶対にやめた方がよいです。

弁護士に丸投げをしてでも、答弁書は全力で作成した方がよいです。

(2)初回期日への準備

労働審判の初回期日では、裁判官や労働審判員から各当事者に対して、多数の質問がされます。

そして、答弁書の内容に加えて、この初回期日での質問に対する各当事者の回答で、労働審判委員会(裁判所)が解決の大体の方向性を決めることになります

そのため、初回期日での裁判所からの質問に対する回答の準備をしっかりしておく必要があります。

労働審判では、初回期日まででおおよその決着がつくケースが多いので、ここまでで全力を出し切る必要があります。

(3)良い弁護士に依頼する

上記の通り、労働審判では、答弁書の作成が極めて重要ですが、提出締切までの時間も短いです。また、期日では、裁判所からの口頭での質問に対する回答も求められることになります。

このような労働審判の特性に対応するためには、企業側での労働紛争に慣れている弁護士に依頼することが重要です。

労働審判の申立書が届いた企業の方は、すぐに、良い弁護士を見つけて依頼する必要があるといえるでしょう。

4.最後に

今回は、従業員から労働審判を起こされた際の企業側の取るべき対応について、解説いたしました。

上記の通り、労働審判を起こされた時、企業側は本当に時間がないため、すぐに弁護士に依頼することが重要であると考えています。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

当然、労働審判についても多数の対応経験を有しており、労働審判に関する企業側の対応方法を熟知していると自負しております。

従業員から労働審判を起こされて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。

パワハラでの労災認定を認めた裁判例について、企業側の弁護士が解説

2024-06-02

近年、社会全体で、パワハラ防止に対する意識が高まっています。

そして、従業員がうつ病などを発症した際に、従業員側から、パワハラでの労災認定を主張されることもあります。

これまでの記事では、会社側の立場から、パワハラでの労災認定を否定した裁判例について、解説してきました。

もっとも、パワハラでの労災認定を否定した裁判例だけでは、一体どれぐらいのレベル感であれば、労災認定が認められるのかが分からないと思います。

そこで、今回は、パワハラによる労災認定を認めた裁判例について、解説していきます。

従業員からパワハラでの労災認定を主張されている、会社経営者の方や担当者の方は、参考になさって下さい。

1.パワハラの労災認定基準

まず、パワハラに関する労災認定基準を簡単に解説します。

下記3つの基準を満たす場合、パワハラが労災と認定されます

①労災認定の対象となる精神障害を発病していること

②精神障害の発症前おおむね6か月間に、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと

業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと

より詳しい内容については、「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」にて解説していますので、気になる方は、是非参考になさってください。

そして、パワハラが労災認定されるか否かが争いになる場合、多くのケースでは、②の、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けた、に該当するか否かが問題になってきます。

2.パワハラによる労災認定を認めた裁判例

(1)国・豊田労基署長(トヨタ自動車)事件

トヨタ自動車事件(名古屋高等裁判所令和3年9月16日判決)では、パワハラによる労災認定が認められています。一審である名古屋地方裁判所では、労災認定が否定されていたので、国側(実質的には会社側)の逆転敗訴判決になっています。

この事案では、うつ病により労働者が自殺したところ、この自殺は業務が原因でなされたものなのか否か、特に業務により、労働者が「強い心理的負荷」を受けたといえるのか否かが争いとなりました

裁判所は、下記のようなパワハラを認定して、従業員が「強い心理的負荷」を受けたと判断し、労災認定を認めました。

・裁判所が認定したパワハラの内容

本件労働者が、業務の進捗状況の報告などをするたびに、グループ長から、他の従業員の面前で、大きな声で叱責されたり、室長からも、同じフロアの多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けられたりするようになっていたことは、軽視できない。その程度は、同様の叱責を受けていた他の従業員Aをして、後日、本件会社の退職を決意させる有力な理由となるほどのものであり、本件労働者も、これを苦に感じており、また、グループ長及び室長に対し、相談しにくさを感じていた。 

グループ長による本件労働者への叱責及び室長による本件労働者への上記叱責は、いずれも業務に関するものではあるが、その態様は、本件労働者と従業員A以外に上記のような頻度、態様で叱責される者は、グループ長の場合は、他にはおらず、室長の場合も、本件労働者と従業員Aの他には1人しかいなかったと感じるほどのものであったから、「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」であり、その「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」と評価するのが相当である。

本件労働者は、グループ長から少なくとも週1回程度、室長から2週間に1回程度の「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」で、その「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」を受けていたと評価するのが相当である。

上記認定のとおり、これらの上司の言動は、「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」で「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」といえ、個々的にみれば、その心理的負荷は少なくとも「中」には相当する。

そして、それら精神的攻撃は、グループ長のみならず、室長からも加えられている。そして、これらのパワハラ行為は、平成20年末ころから本件労働者がうつ病の発症に至る平成21年10月中旬頃までに至るまで反復、継続されている

したがって、上記期間を通じて繰り返される出来事を一体のものとして評価し、継続する状況は心理的負荷が高まるものとして評価するならば、上司からの一連の言動についての心理的負荷は「強」に相当するというべきである

・裁判所が認定した自殺に至る経緯

本件労働者は、困難であった新型プリウス関連業務を、当初の目標を修正し、期限を延長してやり遂げた後、初めての海外業務を実質一人で担当することになり、中国の事情も機械の内容も分からない状況の中、平成21年9月24日から直ちに取り組み始め、直後から期限の迫った業務をこなしていき、この新たな負荷を契機として平成21年10月中旬までにはうつ病を発症したが、その後も休職することなく業務に当たっていた

また、2020年ビジョン関連業務が同年12月まで延長されることになったため、本件労働者は、厳しい残業規制(原則残業禁止)の中を、海外業務と併行して2020年ビジョン関連業務を行うことになり、多くの会議に出席し、将来ビジョン及びそれに向けての道筋を示す「CVJ技術の棚」、「CVJロードマップ」を作成した。

本件労働者は、海外業務の現地担当者から、当時の会社の財務状況からして達成困難な要求をされ、また、会社からは、費用削減のためこれまで派遣していた専門家を派遣することなく現地担当者主体で改造するように指示されるなど、困難な課題が課せられ、板挟みの状態となっていた。

しかし、本件労働者に対する直属の上司からの支援はなく、かえって、本件労働者は、グループ長及び室長からは、平成21年1月からおよそ1年にわたり、継続したパワハラを受けていた

こういった悩みが、本件労働者の「仕事が進まない」、「どうしよう」といった焦燥感を強め、うつ病の症状を増悪させていった。

そして、本件労働者は、平成22年1月11日に、平成21年6月1日以降原則残業禁止となって以降初めて、1時間の残業をし、同月19日にも資料を作成するために1時間の残業をしてから帰宅し、翌朝いつものとおり家を出たが、有給休暇を取得して出社せず、山林で本件自殺をしたと認められる。

・裁判所による総合評価

本件労働者は、新型プリウス関連業務により「達成は容易でないものの、客観的にみて努力すれば達成も可能であるノルマが課され、この達成に向けた業務を行った」といった心理的負荷を、2020年ビジョン関連業務により「軽微な新規事業等の担当になった」あるいは「仕事内容の変化が容易に対応できるものであり、変化後の業務の負荷が大きくなかった」といった心理的負荷を受け、新型プリウス関連業務が一段落したところで、海外関連業務により「仕事内容の大きな変化を生じさせる出来事があった」といった心理的負荷を受けた。

そして、この間、長期間にわたり反復継続して、上司から「必要以上に厳しい叱責で他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」といった心理的負荷を受けていたところ、上記海外関連業務はそれ自体も相当に困難な業務であり、上司の対応にも変化がなかったことから、同海外関連業務の担当となったことを契機として本件発病に至ったものと認めるのが相当である。

上記各出来事の数及び各出来事の内容等を総合的に考慮すると、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度のある精神的負荷を受けたと認められ、本件労働者の業務と本件発病(本件自殺)との間に相当因果関係があると認めるのが相当である

したがって、労災認定が認められるべきである。

(2)国・津労基署長事件

国・津労基署長事件(名古屋高等裁判所令和5年4月25日判決)でも、パワハラによる労災認定が認められています。こちらの事件も、一審である名古屋地方裁判所では、労災認定が否定されていたので、国側(実質的には会社側)の逆転敗訴判決になっています。

この事案では、労働者が平成22年4月1日に新卒で入社し、その後、適応障害を発病して平成22年10月30日に自殺したところ、この自殺は業務が原因でなされたものなのか否か、特に業務により、労働者が「強い心理的負荷」を受けたといえるのか否かが争いとなりました

裁判所が認定したパワハラの内容等

本件労働者は、支店営業部に配属され、その業務を担当することになって以降、課長から、注意を受ける際、大きな声で怒鳴られ、『こんなんで大卒か』、『学卒も大したことないな』、『聞いたことがない大学』などと言われていた

本件労働者は、これについて、友人に、『静かに言ってもらえればわかるのに』、『何かあると大きな声で怒鳴られる』などと述べ、仕事内容等については、『書類の作り方が分からへん』、『見よう見まねで作っている』、『作ってもあまり評価してもらえない』、『すぐ捨てられる』などと述べていた

このような課長の指導等に対する本件労働者の受け止め方は、入社間際の平成22年の春から夏頃には、気持ちが外側に向いており、仕事が分からない自分や上司に対する怒りであったのが、平成22年の盆過ぎ以降は、気持ちが内側に向いて、仕事が分からない自分が悪いのかという様に変わってきた。

そのほか、本件労働者が所属する部署では、飲み会が多く、本件労働者がこれを断った次の日に無視されるなどしたため、非常に断り難い状況になっており、本件労働者は、飲み会では、周囲からいじられたり、強くあたられたりするなどもしていた

さらには、本件労働者は、平成22年6月の職場の慰安旅行の際に、上司等のために風俗店の予約を取らされるなどし、その後も、風俗関係の予約を取らされることがあり、本件労働者は、理不尽に感じ、『こんな低俗なことをしている会社だとは思わなかった』、『これも仕事なんかなあ』、『これが仕事やったら、やってけやん』などと述べていた。

加えて、平成22年10月9日の休日出勤の際には本件労働者は、課長から、『計算ミスはお前のせいや』、『おまえなんか要らん』、『そんなんもできひんのに大卒なのか』などと、業務指導の範囲を超える叱責をされた

・担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度

本件労働者の担当案件は、そもそも新入社員にとっては難易度の高い業務であり、かつ、本件労働者が主担当を引き継いだ際には、当初(平成22年4月)予定されていたスケジュールから3か月程度遅れていたため、引き継いだ当初からタイトなスケジュールで業務を進めざるを得ない状況になっていたものであり、本件労働者としては、業務の進め方自体も分からずにいるところ、参考となり得る適切な前例等の資料もなく、主任らから見本等を示されることもなく、それ以前から見よう見まねで書類等を作成しても駄目出しをされ、本件労働者が真に理解できるような十分な説明や指導が必ずしもされていなかったという状況であったことを踏まえると、中間報告前までの段階においても、本件労働者が受けていた心理的負荷の程度は少なくとも『中』に該当するものであったと認められる。そして、下記のとおり、中間報告の前後を含めた一連の出来事を通じて本件労働者がさらに著しい心理的負荷を受けたと認められることを考慮すると、当該担当案件の業務に関して本件労働者が受けた心理的負荷の程度が『強』に該当することは明らかというべきである。

■裁判所が認定した中間報告の件

本件労働者は、平成22年10月19日の客先への訪問及び翌日の打合せを経て、提案に必要な情報を収集するため,同年10月28日に現場再調査を行う予定としていた。

しかし、平成22年10月26日に行われた感謝の集い(本件会社が得意先を招いて感謝の意を伝えるとともに情報交換を行う場)で、当該案件の他の担当者が客先から中間報告を求められたことから、急きょ、2日後の同月28日に中間報告を行うことになった

本件労働者は、A4用紙1枚程度の中間報告書の作成を指示されこれを引き受けたものの、結局、作成できなかったことや、同月28日の客先に向かう車中で、報告書なしで中間報告をすることにつき、本件労働者が主任に対し『どんな風にすればよいか?』との質問を繰り返していたこと等からすれば、本件労働者は、中間報告で何をどのように報告したらよいかを理解できていなかったものと認められるが、中間報告を行うことになった上記の経緯に照らせばやむを得ないことであり、理解できていないまま自身が主となって中間報告を行わざるを得ない状況になったことは、本件労働者には相当に大きな心理的負荷になったと考えられる(このことは、本件労働者が、持参すべきメジャーやカメラを忘れ、事務所まで取りに戻ったこと、安全に自動車の運転ができる状態ではなかったことにも現れている)。

そして、客先から、中間報告書がないことについて、『今日はこれだけ?』と言われ、これを受けた他の担当者が、謝罪して、当日の聴き取り結果と現場再調査結果に基づき早急に資料を作成すると述べたことは、当該案件の主担当であり、上記のような状況であった本件労働者にいわば追い打ちをかけたに等しいものであり、心理的負荷が大きく増大することになったと考えられるのであって、上記のような経過とその後の課長や主任とのやり取りを受けて、本件労働者は担当案件の業務の進め方や目標等について大きく混乱し、予定どおりに進められなかったことに自信を失い、更なる心理的負荷を受けたものと認められる。

・裁判所による総合評価

以上検討したところによれば、本件労働者が上司からしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言をされており、それによる心理的負荷の程度が少なくとも『中』に該当することをベースとして、本件労働者が平成22年4月1日付けで本件会社に新卒入社してから、平成22年10月30日の本件自殺までの間に担当した業務のうち、上記以外のその他の担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『中』に、上記担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『強』にそれぞれ該当すると評価し得ることを総合考慮すれば、本件労働者が本件会社における業務により受けていた心理的負荷の程度は、全体評価としても『強』に該当することは明らかというべきである

したがって、労災認定が認められるべきである。

3.労災認定が否定されるか否かの重要な要素

前回の記事で解説した裁判例では、会社代表者が従業員に対して、かなり強い暴言を吐いていましたが、労災認定が否定されていました。

対して、今回解説した裁判例では、従業員への労災認定が認められています。

労災認定が否定されるか否かで大きく差をわけたのは、①従業員がパワハラを受けた期間の長さ、②パワハラが業務指導の目的でなされたといえるか否かです。

①従業員がパワハラを受けた期間の長さについては、これまで解説してきた労災認定を否定した事例では、従業員がそもそも10日程度しか働いていなかったりパワハラが継続された期間が全体で約1ヶ月程度にすぎませんでした。

対して、今回解説した労災認定を認めた事例では、1つ目の事例が、およそ1年にわたり継続したパワハラを受けていた事例です。また、2つ目の事例も、新卒入社から自殺に至るまで、約7か月もパワハラを受けていた事例です。

パワハラでの労災認定の場合には、パワハラの反復継続性が重視される傾向がありますので、①従業員がパワハラを受けた期間の長さが大きな要素になってきます。

次に、②パワハラ行為が業務指導の目的でなされたといえるか否かも、労災認定が否定されるか否かの大きな要素になっています

労災認定を否定した事例では、業務指導の範囲を逸脱したものと評価されることはあったものの、上司や会社代表者の叱責や段ボールを蹴り上げるなどの言動が、少なくとも、従業員側の何らかの行為(ミスなど)に対する指導目的の意図が見受けられていました

対して、今回解説した事例では、不必要に従業員を過剰に叱責しており、指導目的の意図が認定できない事例でした。誤解を恐れずに踏み込んで言うと、今回解説した事例は、裁判所が認定した事実だけを見ると、マネージメント能力の無いパワハラ上司が、有能な従業員を自殺に追い込んだように見受けられる事案でした。言い換えれば、従業員側が特段悪いことをしていない(むしろ、どちらの従業員とも仕事を前向きに取り組み、かなり能力の高い従業員に見えます)のに、上司がパワハラをして、部下を潰している案件に見えます。このように、上司による叱責等が、指導目的の意図が認定できない場合には、労災認定が認められやすくなってしまいます

言い換えれば、社内でパワハラが行われても短期間でそれが改善される仕組みがあったり、指導目的の叱責なのであれば、それが多少過剰であっても、労災認定が否定されるように見受けられます。

なお、パワハラによる労災認定を否定した裁判例については、「パワハラによる労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説」、「暴言でのパワハラの労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説」などで、詳細に解説していますので、気になる方は参考になさってください。

4.最後に

今回は、パワハラの労災認定が認められた裁判例について紹介しました。

パワハラ問題に関しては、その性質上、自社のみでの対応が難しいことも多いですので、そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

暴言でのパワハラの労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説

2024-05-26

近年、社会全体で、パワハラ防止に対する意識が高まっています。

そして、従業員がうつ病などに発症した際に、従業員側から、パワハラでの労災認定を主張されることもあります。

これまでの記事でも、パワハラに関する労災認定の基準や(「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」)、パワハラでの労災認定を否定した裁判例について(「パワハラによる労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説」)、解説してきました。

今回は、パワハラによる労災認定を否定した裁判例の第2弾の解説です。今回の裁判例は、会社代表者が従業員に対して、かなり強めの暴言を吐いていたケースです

従業員からパワハラでの労災認定を主張されている、会社経営者の方や担当者の方は、参考になさって下さい。

1.パワハラの労災認定基準

まず、パワハラに関する労災認定基準を簡単に解説します。

下記3つの基準を満たす場合、パワハラが労災と認定されます

①労災認定の対象となる精神障害を発病していること

精神障害の発症前おおむね6か月間にパワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと

業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと

より詳しい内容については、「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」にて解説していますので、興味がある方は、参考になさってください。

そして、パワハラが労災認定されるか否かが争いになる場合、多くのケースでは、②の、パワハラによる「強い心理的」を受けた、に該当するか否かが問題になってきます

2.パワハラによる労災認定を否定した裁判例

国・大淀労基署長事件(大阪地裁令和3年8月30日判決)では、営業企画部に配属された従業員が、会社代表者や上司から、暴言等のパワハラを受けたことにより適応障害になった旨主張し、労災認定を求めました。

裁判所は、下記①から③のような従業員に心理的負荷を与えうる事情を認定しましたが、下記のように、これらの事情により、従業員が「強い心理的負荷」を受けたとはいえないと判断し、労災認定を否定しました

裁判所が認定した事実①

会社代表者は、従業員の来館者に対する対応が悪かったなどと感じ、当該従業員(原告)及び先輩従業員に対して注意していたところ、その後の当該従業員及び先輩従業員の対応に不満を抱いて立腹し、当該従業員及び先輩従業員に対し、数分間にわたって、「まだやってんの?電話したかおい!おい!ええかげんにせいよお前!何をやっとんじゃお前は!お前何先帰っとんねんお前」、「対応せい!ほんま。何で怒られとんねんいっつも!まだ電話してないのかほんまに!」、「はよせいお前!子どもかお前。お前ら何回言うたら分かんねん、お前。うっというしいのうこいつら!ちゃっちゃとせんかいそんなもん。何時間使っとんねんお前、何時や思とんねんお前」などと怒鳴り付けた。

また、その約30分後にも、会社代表者は、数分間にわたって、当該従業員に対し、「自分らのすぎたことばっかり言うてほんま。お前心臓強いなお前。えらいやっちゃのう。」、「お前何しに来とんねんて!新卒やろお前!」、「何が出来んねんてお前に一体」、「一生懸命やらんかいじゃあ!」、「訳の分からん話ばっかしやがって!」、「お前そんな偉いさんかえお前!」、「定職に就かんと、正社員にもなれなやん(者に)なるって言ってんねん」などと時に大声で怒鳴り付けて叱責した。

さらに、その約2時間半後にも、当該従業員が、上司からの指示に従ってペーパーテストを受けていたところ、会社代表者が事務所内に入室してきた。会社では、会社代表者が入室した際には挨拶をするよう指示されていたが、当該従業員は会社代表者が入室したことに気付かなかったため、会社代表者に挨拶しなかった。会社代表者は、当該従業員がポケットに手を入れていたことや、日頃から仕事をせず、余計な話が多いなどと不満に思っていたこともあって、当該従業員が挨拶をしなかったことに激高し、数分間にわたって、「お前、何ポケットに手突っ込んどんねん偉そうに!さっきも戻ってきた時、挨拶せえ言うたやろがお前!お前、そんなことしかよぉせえへんのか。挨拶せぇしっかり!」、「仕事もでけへんやつはそれぐらいせえ」などと怒鳴った。当該従業員は謝罪したが、会社代表者は納得せず、段ボール箱を蹴り上げたところ、「ドン」という音が鳴り、その後、当該従業員が「痛い!痛い!やめてください。」と述べたが、会社代表者は、「わけのわからん話ばっかりしやがってお前!なぁ。」、「予約もいっぱい落としやがってお前!何が痛いねんこらぁ!お前!」と大声で怒鳴った。当該従業員が「さっきちょっと蹴られたのが痛かったです」と述べたところ、会社代表者は「蹴ってないやろ!」「いつ蹴ってんお前のこと俺!言うてみ!」などと怒鳴り、当該従業員は謝罪し続けたが、会社代表者はなおも納得せず、当該従業員を叱責し続けた。

・事実①に対する裁判所の判断

会社代表者が当該従業員に対して行った叱責や段ボール箱を蹴り上げるなどの言動は、当該従業員の事務遅滞や会社代表者に対する態度に立腹して行われたものであり、これらを是正させようとする意図がないわけではないが、感情的かつ威圧的な口調で攻撃的な内容の発言をほぼ一方的に続け、更に段ボールを蹴り上げたことに鑑みると、社会通念上、業務指導の範囲を逸脱したものと評価することができる
しかしながら、会社代表者の言動が行われたのはそれぞれ数分間にとどまる上、当該従業員が出勤しなくなった日以降は、会社代表者からもはや叱責されることはなくなったことを踏まえると、当該出来事単体での心理的負荷の強度は、せいぜい「中」にすぎず、心理的負荷の強度が「強」に当たるということはできない

・裁判所が認定した事実②

会社では、従業員に対して、定時でタイムカードを打刻するよう指示しており、従業員が定時後に会社の指示により時間外労働に従事しても、残業代を支払わないという労務管理がされていた。実際に当該従業員も合計6日間にわたり、夜遅くまで時間外労働に従事していた。

・事実②に対する裁判所の判断

上記事実が、労働法上違法と評価されるものであるとしても、当然に、従業員に心理的負荷を与えるものでもないし、本件において、最大でも4時間半程度の残業が合計6日間されたにとどまることに照らすと、当該従業員がした残業が当該従業員と同種の平均的な労働者にさほどの心理的負荷を生じさせるものということはできない。

したがって、上記の点は、当該従業員に心理的負荷を与えるものではない

・裁判所が認定した事実③

当該従業員は、顧客から3月25日のツアーが催行されるかについて電話で問い合わせを受け、予約台帳に3月22日までとの記載があることを確認し、別の従業員1名に確認しただけで、催行されないとの誤った回答をした。

その後、会社代表者は、当該従業員が誤った回答をしたことに立腹し、当該従業員を指導・叱責した。その際、従業員が、最終電車までには帰らせてほしい旨を述べたところ、会社代表者は、そのような従業員の態度について、「反抗」との文言を用いるなどして叱責した

当該従業員は、その後、上司からも指導を受けるとともに反省文や始末書の作成を求められ、会社代表者の面前で反省文の一部を読み上げた。これを受け、会社代表者は、当該従業員に対し、営業職としての心構えを伝えるなどした。当該従業員は、その後、上司の指示により、何度も書き直しながら始末書を作成した

当該従業員は、同日、上司から、時間外労働に従事しても、仕事が遅い者や好きでやっている仕事であれば、残業代を支払う必要はない、営業職の場合、早く帰らせてほしいと述べることは意味がない、などと伝えられた

・事実③に対する裁判所の判断

当該従業員が叱責されるに至った経緯や反省文の記載内容に照らすと、この日に会社代表者が当該従業員を指導・叱責することになった直接の原因は、当該従業員が顧客からの電話での問い合わせに対して誤った説明をしたことにあり、会社代表者は社会人としての心構えを説いたに過ぎないと解される。
また、上司が始末書の作成を指示した上で、その書き方について指導したり、会社代表者の面前で読み上げさせたりしたのも、当該従業員が叱責の発端となった顧客からの問合せに対して誤った回答をした出来事について具体的な事実を記載させ、もって始末書の書き方を習得させることに主眼を置きつつ、併せて上司から指導を受ける姿勢や自ら進んで勉強する姿勢を身に付けさせることも意図していたものと推認されるところである。
そして、会社代表者が当該従業員に対する指導・叱責をする中で、従業員が最終電車までに帰らせてほしいと述べたことについて会社代表者が叱責したのも、当該従業員がツアー催行の有無の問い合わせに対して誤った回答をしたという業務に関する指導を受けている最中に、最終電車までに帰りたいなどと消極的な態度を示したことに対し、当該従業員が自らの話を聞いて理解しようとする態度を示さないものと捉えたことによるとも考えられるのであって、このような会社代表者による叱責が、業務指導の範囲を逸脱した不合理なものに当たるとはいえない。 
さらに、上司が、時間外労働に従事しても、仕事が遅い者や好きでやっている仕事であれば、残業代を支払う必要はない、営業職の場合、早く帰らせて欲しいと述べることは意味がないなどと述べた点についても、業務命令のない残業に対して割増賃金が発生しないことや給料の原資となる収益を上げるために営業が頑張って成果を上げることが重要であることを含意しているものとみることができるほか、仮に、成果がない以上、業務命令に基づく残業に対して賃金を払う必要がないことをいうものであったとしても、労働法上の違法があることが当然に、当該従業員と同種の平均的な労働者にさほどの心理的負荷を生じさせるものではないことは上述したとおりである。
以上によれば、上記認定事実をもってしても、業務指導の範囲を逸脱したものとはいえず、その範囲内での厳しい指導・叱責に当たるにとどまるといえる

そうすると、上記認定事実は、当該従業員が強い指導・叱責を受けたり、指導・叱責後、従業員と会社代表者や上司との間で、周囲からも客観的に認識されるような対立が生じたりした事実はないから、その心理的負荷の強度は「弱い」ものにとどまるというべきである。

・裁判所の総合評価

認定事実①による心理的負荷の程度は「中」にとどまるところ、それ以外の認定事実による心理的負荷の程度は限定的なものにとどまるというべきである。

また、当該従業員の本件会社における就労(実働8日間)、時間外労働の時間、会社代表者が日頃からしばしば従業員を厳しく叱責しており当該従業員のみ差別していたような事情もうかがわれないことを併せ考慮すると、本件会社への入社後わずか10日程度の間に生じた各出来事による心理的負荷の強度が「強」であると評価することは困難であり、「中」にとどまるというべきである。

したがって、労災認定は否定されるべきである。

■弁護士の補足解説

本件では、会社代表者から従業員に対して、かなり強めの暴言が吐かれていますが、裁判所において労災認定が否定されています。

本件で、一番大きい要素は、当該従業員が入社後10日程度しか働いていなかったことです

パワハラでの労災認定の場合には、パワハラの反復継続性が重視される傾向があります。本件でも、当該従業員の勤務日数が長くなっており、パワハラの期間が継続していた場合には、労災認定が肯定されていた可能性が高い事案です。

3.最後に

今回は、パワハラの労災認定を否定した裁判例について紹介しました。

パワハラ問題に関しては、その性質上、自社のみでの対応が難しいことも多いです。特に、従業員からパワハラをしたと主張されている相手が会社代表者の場合には、より一層自社での対応は難しいかと思います。そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

パワハラによる労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説

2024-04-21

近年、社会全体で、パワハラ防止に対する意識が高まっています。

そして、従業員がうつ病などに発症した際に、従業員側から、パワハラでの労災認定を主張されることもあります。

前回の記事では、①パワハラに関する労災認定の基準や、②企業の対応方法について解説しました(「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」)。

今回は、パワハラでの労災認定が否定された裁判例を、会社側で労働問題に注力している弁護士が解説します。企業の経営者の方や、担当者の方は、参考になさって下さい。

1.パワハラの労災認定基準

まず、パワハラに関する労災認定基準を簡単に解説します。

下記3つの基準を満たす場合、パワハラが労災と認定されます。

労災認定の対象となる精神障害を発病していること

精神障害の発症前おおむね6か月間にパワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと

業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと

より詳しい内容については、「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」にて解説していますので、気になる方は参考になさってください。

そして、パワハラを理由に労災認定されるかが争いになる場合多くのケースでは、②の、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けた、に該当するか否かが問題になってきます

2.パワハラでの労災認定を否定した裁判例

国・亀戸労基署長事件(東京地裁令和4年7月29日判決)では、タクシー運転手として勤務していた従業員が、研修中に、上司からパワハラを受けたことにより抑うつ状態になった旨主張し、労災認定を求めました。

裁判所は、下記①から③のような従業員に心理的負荷を与える事情を認定しましたが、これらの事情により、従業員が「強い心理的負荷」を受けたとはいえないと判断し、労災認定を否定しました。

・裁判所が認定した事実①

研修車に上司と同乗し、路上研修として従業員が運転していたところ、上司が後部座席で煙草を吸い始め、従業員が上司に対して喫煙をやめてほしい旨述べたところ、上司は聞こえない旨述べて、喫煙を継続して、1、2本の煙草を吸った。

・事実①に対する裁判所の判断

車内で喫煙する乗客への対応は、タクシー運転手の業務において現実的に起こりうる事態と考えられ、従業員の指摘に対する上司の「聞こえない」との発言は、従業員に更なる対応を促す趣旨と理解できる。

また、上司が吸った煙草の本数も1、2本にとどまっていることを考慮すると、従業員が受けた心理的負荷の強度は「弱」にすぎない。

・裁判所が認定した事実②

従業員が会社の車庫で車両を斜めに駐車した際、上司が、車両を手で複数回叩いた上、車両をまっすぐ駐車するよう大声で従業員を叱責して、その後、他の従業員にも声が伝わる会議室において、駐車が下手である旨を述べて従業員を叱責した。

・事実②に対する裁判所の判断

上司は、従業員の駐車について、後部座席からの乗降に支障が生じることを指摘しており、その趣旨は、従業員に対しタクシー運転手として正確な駐車が求めるものであって、業務指導の範囲内というほかない

また、事故の防止や円滑な乗降の観点から、正確な駐車がタクシー乗務員にとって重要であることは明らかであり、この点で、上司の指導により、従業員との間に業務をめぐる方針等に顕著な対立を生じたものとも認め難い。

以上を考慮すると、叱責が大声でされたなどやや過剰な点があるとしても、従業員が受けた心理的負荷の強度は「中」にすぎない。

・裁判所が認定した事実③

従業員と同じく研修生であった者と、従業員が研修車に同乗し、道路上を走行する研修を行った際、他の研修生が右折禁止に違反して交差点を右折したことについて、他の研修生とともに上司から大声で叱責され、反則金については研修車に乗っていた3名が分担して支払うように言われたこと

・事実③に対する裁判所の判断

交差点における右折禁止の存在は広く知られ、従業員もこれを認識していたことや、他の研修生が警察官による警告にもかかわらず右折走行を継続し、この間従業員も右折禁止を指摘していないことに照らせば、上司による叱責は、研修中の従業員に対し、運転中・同乗中を問わず、交通規則の遵守を徹底すべきことを指導したものと認めるのが相当であり、それ自体、業務指導の範囲内というほかない

交通規則の遵守の徹底は、従業員の業務上極めて重要な事項であることに照らせば、上司の上記指導により、業務をめぐる方針等について、従業員との間に顕著な対立が生じたとは認められない。
また、上司による叱責は30分程度継続したものと認められ、過剰かつ執拗といえるが、一方では、叱責の一部は直接の違反者である他の研修生に向けられたもので、上司は、従業員の集中の欠如を強く叱責し続けたものにとどまり、従業員の人格や人間性を否定したものとまでは評価し難い。さらに、反則金の分担についても、叱責の過程で1、2度言及したにすぎず、他の研修生が全額負担した後も従業員に執拗に分担を求めたものではない。

以上を考慮すると、原告が受けた心理的負荷の強度は「中」にすぎない。

・裁判所の総合評価

裁判所が認定した事実について、従業員が受けた心理的負荷の強度については、いずれも単独では「強」の評価とはならない。

そして、これらの事実は、いずれも従業員がタクシー会社での勤務中に同一の上司から受けた行為に関するものであるため、この上司の行為全体を一つの出来事として評価すべきである。

この点、これらの行為が継続した期間は全体で1か月程度にすぎない

そして、裁判所が認定した上司の言動については、その態様において過剰な点があるものの、いずれも、上司において、業務指導の観点から従業員に対し強い叱責等をしたにとどまり、従業員の人格や人間性を否定するような言動をしたとも、業務指導の範囲を逸脱した言動を執拗にしたとも認められない。

また、指導の対象となった事項(正確な駐車、交通規則の遵守)については、事故防止等の観点から重要である一方で、乗務開始後に、各乗務員の状況を逐一指導監督することは困難と考えられることに照らせば、研修期間中に集中して指導を徹底することが必要な事項といえ、労働者の側でも、これを前提として研修中の指導を受け止める側面があるものと考えられる。

以上の事情を考慮すれば、上記の各出来事を一つの出来事として検討しても、原告が受けた心理的負荷の強度は「中」にとどまるというべきである。

したがって、労災認定は否定されるべきである。

3.最後に

今回は、パワハラでの労災認定が否定された裁判例について紹介しました。裁判例をかみ砕いて説明したつもりですが、分かりづらい部分もあるかと思います。

パワハラ問題に関しては、その性質上、自社のみでの対応が難しいことも多く、そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説

2024-04-14

近年、会社内での、パワハラ防止に対する意識が高まってきています。

そして、パワハラが原因で、従業員がうつ病などに発症した場合、労災に認定されることもあります。

そこで、今回は、①パワハラで労災に認定される基準や、②パワハラに関する問題が会社内で発生した場合に、会社が取るべき対応方法について、会社側で労働問題に注力している弁護士が解説します。企業の経営者の方や、担当者の方は、是非参考にしてみて下さい。

1.パワハラに関する労災認定基準

下記の3つの基準を満たす場合には、パワハラが労災として認定されます。

(1)労災認定の対象となる精神障害を発病していること

まず、一つ目は、労災認定の対象となる精神障害を発病していることです

パワハラで、労災が認定されるためには、一定の精神障害にかかったことが前提となります。

業務に関連して発病する可能性のある、代表的な精神障害は、うつ病や、急性ストレス反応、適応障害などですが、労災認定の対象としては、これらのみならず、下記のものも認められています。

■労災認定の対象となる精神障害

①統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害

②気分[感情]障害

③神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害

④生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群

⑤成人の人格及び行動の障害

⑥知的障害〈精神遅滞〉

⑦心理的発達の障害

⑧小児〈児童〉期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害、詳細不明の精神障害

(2)精神障害の発病前おおむね6か月間に、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと

2つ目は、①発病前のおおむね6か月間に②パワハラによる「強い心理的負荷」を受けたことです。

①の期間については、パワハラが継続して行われていた場合には、発病前6か月間に限定されず、パワハラが始まった時点からの心理的負荷で評価されます。

②の、パワハラによる「強い心理的負荷」が認められるのは、次のような場合です。

■強い心理的負荷が認められる場合

1.上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合

2.上司等から、暴行等の身体的攻撃を反復・継続するなどして執拗に受けた場合

3.上司等から、次のような精神的攻撃等を反復・継続するなどして執拗に受けた場合

(1)人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃

(2)必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃

(3)無視等の人間関係からの切り離し

(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求

(5)業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求

(6)私的なことに過度に立ち入る個の侵害

4.上司等から、後述の心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社がパワハラがあると把握していても適切な対応がなく、改善されなかった場合

■強い心理的負荷が認められない場合

以下の場合には、強い心理的負荷とは認められず、原則、労災とは認定されません。
但し、上記「4」の通り、会社に相談しても又は会社がパワハラがあると把握したのに、会社において適切な対応がなく、改善されなかった場合には、労災認定される可能性が高くなってしまいます

上司等による次のような身体的攻撃・精神的攻撃が行われ、行為が反復・継続していない場合(心理的負荷「中」程度)

(1)治療を要さない程度の暴行による身体的攻撃

(2)人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃

(3)必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃

(4)無視等の人間関係からの切り離し

(5)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求

(6)業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求

(7)私的なことに過度に立ち入る個の侵害

(3)業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと

3つ目は、①業務以外の心理的負荷や、②その人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないことです。

これらが認められると、パワハラと精神障害との因果関係が否定されるためです。

①の業務以外の心理的負荷とは、例えば、下記のようなものがあげられます

(1)自身が離婚又は別居した

(2)自身が重い病気や怪我をした

(3)配偶者や子ども、親や兄妹といった家族が亡くなった

(4)配偶者や子どもが重い病気や怪我をした

(5)親類の誰かで世間的にまずいことをした人が出た

(6)多額の財産を損失した

(7)犯罪に巻き込まれた

このような業務以外のプライベートでの心理的負荷があった場合には、これらが発病の原因ではないといえるかが慎重に判断されていくことになります。

次に、②のその人固有の要因とは、被害者が過去にも精神障害になっていたり、アルコール依存症があった場合などが挙げられます

このような、個体型要因がある場合にも、それらの要因が発病の原因でないといえるかを、慎重に判断してくことになります。

2.パワハラが発生した場合の企業の対応方法

社内でパワハラ問題が発生したにもかかわらず、会社が適切な対応をしなかった場合、上記の通り、労災と認定される要素にもなってきます。

そして、パワハラが労災と認定された場合には、会社がその従業員から損害賠償請求を受けたり、SNSやマスコミの報道などにより、社会的な非難を受けることも考えられます

従業員からパワハラ被害の申告を受けた場合には、当事者から事実関係を迅速かつ正確に確認したり、被害者に対して適切な配慮措置を実施することが必要になってきます。

3.最後に

今回は、パワハラに関する労災認定基準や、パワハラ問題が発生した場合の企業の対応方法などについて、解説いたしました。

社内のパワハラ問題に関しては、人的関係などから、企業内のみでの対応が難しいことも多く、そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

■参考情報

厚生労働省 都道府県労働局 労働基準監督署

https://www.mhlw.go.jp/content/000637497.pdf

精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和5年7月)

https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

どこからがパワハラになるの?企業側の弁護士が解説

2024-02-12

近年、会社内でのパワハラに対して、社会全体の目が厳しくなっています。

それゆえ、企業運営を行っていると、従業員からパワハラ被害の申告を受けたり、パワハラを理由に会社が訴えられてしまうこともあります。

ところが、一概にパワハラといっても、その判断が難しく、その内容が本当にパワハラに該当するのかについて、判断に迷うこともあると思います。

そこで、今回は、どこからがパワハラになるのかについて、会社側で労働問題に注力する弁護士が解説します。会社経営者の方や、会社の担当者の方は、是非参考になさってください。

1.職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)とは

職場におけるパワハラとは、同じ職場で働く人に対して、①職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に②業務の適正な範囲を超えて③精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させる行為を言います。

上司が部下に対して、かなり強い言動で注意を行ったとしても、業務上必要かつ相当なものであれば、パワハラには当たりません。

また、その行為を受けた従業員がパワハラであると感じたか否かで、パワハラに該当するかが決まるわけではありません。パワハラといえるためには、同様の状況で当該行為を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるものであることが必要となります。

パワハラの類型や具体例などの、パワハラに関する詳しい解説は、「セクハラ・パワハラで訴えられそうな会社・経営者の方へ」の記事でしていますので、興味がある方は参考になさって下さい。

2.パワハラに当たるのか

(1)業務上のミスに対する強い叱責

業務上のミスに対する、指導目的の叱責は、強めに注意をしても、パワハラには該当しないと判断される傾向にあります

例えば、これまでも業務上問題点があった部下が、顧客からテレアポの感じが悪いという苦情を受けた際に、上司が部下に「かなり厳しく注意をした」事例も、その内容が、苦情に対する改善策として、まっとうなものであるとして、違法性が否定されています

また、医療現場において、ミスの多い部下に上司が厳しく指導した事例でも、上司が部下に対して、「時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない」とされています。

(2)ミスの多い従業員に日々反省点を記載した日報の提出を命じる

ミスの多い従業員に、日々反省点を記載した日報の提出を命じることが、パワハラに該当するか争われた事例もあります。

裁判所は、「教育指導的観点から少しでも業務遂行能力を身につけさせるために、日報の作成を命じたと考えられるのであり、不合理な自己批判を強制したものでないことは明らかである」として、違法性を否定しました。

(3)遅刻に対する強い叱責

遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない従業員に対して、一定程度強く注意をしても、パワハラには該当しません。

(4)メールでの強い叱責

保険会社のサービスセンターに勤務する部下(役職は課長代理)の勤務成績が芳しくないため、サービスセンターの所長が当該部下に対して、下記のような強い叱責のメールを送りました

「1.意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を挙げますよ。本日現在、搭傷10件処理。Cさん(途中入社2年目)は17件。業務審査といい、これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい
2.未だに始末書と「~~病院」出向の報告(私病?調査?)がありませんが、業務命令を無視したり、業務時間中に勝手に業務から離れるとどういうことになるか承知していますね。
3.本日、半休を取ることを何故ユニット全員に事前に伝えないのですか。必ず伝えるように言ったはずです。我々の仕事は、チームで回っているんですよ。」

上記メールの部分は、赤文字で、ポイントの大きな文字で記載されており、また、上記メールは、当該部下のみならず、同じ職場の従業員十数人に送信されました。

一審は、上記メールが、業務指導の一環として行われたものであり、私的な感情から出た嫌がらせとは言えず、その内容も部下の業務に関するものにとどまっており、メールの表現が強いものになっているものの、部下の人格を傷付けるものとまで認めることはできないとして、違法性を否定しました

一方、控訴審では、上記メール中には、退職勧奨とも、会社にとって不必要な人間であるとも受け取られるおそれのある表現が盛り込まれておりこれが本人のみならず、同じ職場の従業員十数名にも送信されていること文面が赤文字でポイントを大きく記載されていることをも合わせかんがみると、指導・叱咤激励の表現として許容される限度を逸脱したものと評価せざるを得ないとされています。

もっとも、メールの目的が、部下の地位に見合った処理件数に到達するよう部下を叱咤督促する趣旨であることがうかがえ、その目的は是認することができるなどと判断されたため、慰謝料としては、5万円という低額となりました。

■弁護士の見解

この裁判例は、一審が平成16年12月1日に出され、控訴審が平成17年4月20日に出されています。その後の時代の変化からしても、今であれば、一審でも違法性が肯定されてしまう可能性が高く、慰謝料金額ももう少し上がってしまう可能性が高いと考えられます。

但し、今回のようなメール内容でも、部下個人に送っており、文面が赤文字で大きく記載されているなどの事情がなければ、メールを送付した背景や上司と部下の関係性などの他の事情次第では、現代でも違法性が否定されうると考えています。

(5)留守番電話への暴言の吹き込み

■違法性が否定されたもの

直帰が原則として禁止されていた会社にて、部下が直帰したため、上司が部下に対して会社に戻るよう指示をしましたが、部下がそれを拒否しました

これに憤慨した上司は、午後11時頃に、部下に対し、「部下さん 電話出ないのでメールします。まだ会社です。うらやましい。僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません。」との内容のメールを送り、その後2度にわたって携帯電話をかけ、その留守電に「えー部下さん、あの本当に、私、怒りました。明日、本部長のところへ、私、辞表を出しますんで、本当にこういうのはあり得ないですよ。よろしく。」、「部下さん、こんなに俺が怒っている理由わかりますか。本当にさっきメール送りましたけど、電話でいいましたけど、明日私は、あのー、辞表出しますので、でー、それでやってください。本当に、僕、頭にきました。」と怒りを露わにする録音を行いました。
但し、3日後、上司が部下に対し、深夜、携帯電話をしたり、メールを送信しきつい言い方をしたことについて謝罪しています。

かかる事例について、裁判所は、「私、辞表を出しますんで、」、「明日私は、あのー、辞表出しますので、でー、それでやってください。」とは何を意味するのか必ずしも明らかではないが、ただ読みようによっては、要するに、上司の命令を無視して強引に直帰した部下に対し、上司が代わって辞表を出すからこれに応じるよう求めているように解することもできないわけではなく、仮にそうだとすると上司が行った上記留守番電話の録音は、その時刻が深夜であることに加え、不穏当な内容を含んでいるものといわざるを得ない。

しかし、被告上司が上記のようなメールや留守番電話への録音をするに至った経緯は、上記の通りであって、かかる経緯及び内容等に照らすと上記留守番電話の録音等は、一種のパワーハラスメント的要素を含んでいるとしても、直ちに不法行為と評価し得る程度の違法性を備えた行為であるとはいい難く、民法709条の不法行為を構成するまでには至らないものというべきである。

■違法性が肯定されたもの

上記と同様の上司と部下において、今度は、出張の打合せに関する日程調整のトラブルがありました。具体的には、日程調整をめぐり、部下が上司の要求を受け入れなかったため、準備期間が足りずに不十分な企画書のまま対応せざるを得なくなりました。

このような部下の対応に、上司は怒りを抑えられなくなり、午後11時頃に、部下に携帯電話をかけ、「でろよ!ちぇっ、ちぇっ、ぶっ殺すぞ、お前!お前何やってるんだ!お前。辞めていいよ。辞めろ!辞表を出せ!ぶっ殺すぞお前!」との録音を行いました。

裁判において、こちらの録音については、違法性が認められ、慰謝料として、70万円の支払いが命じられています。

そして、この暴言は、業務と密接に関連する行為であるとされ、慰謝料を、会社も連帯して支払うことが命じられました。

3.最後に

今回は、どこからがパワハラになるのかについて、会社の方向けに、具体的な事例を交えて解説しました。

実際に、会社内で、パワハラであるか否かが問題になった際には、会社自らがその判断を行うことが難しいことも多いと思います。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働問題を解決してきました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、会社が従業員からパワハラ被害の申告を受けたり、パワハラに関する問題で訴えられた場合の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽にご相談ください。

■参考情報

①厚生労働省 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf

②職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html

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