近年、社会全体で、パワハラ防止に対する意識が高まっています。
そして、従業員がうつ病などを発症した際に、従業員側から、パワハラでの労災認定を主張されることもあります。
これまでの記事では、会社側の立場から、パワハラでの労災認定を否定した裁判例について、解説してきました。
もっとも、パワハラでの労災認定を否定した裁判例だけでは、一体どれぐらいのレベル感であれば、労災認定が認められるのかが分からないと思います。
そこで、今回は、パワハラによる労災認定を認めた裁判例について、解説していきます。
従業員からパワハラでの労災認定を主張されている、会社経営者の方や担当者の方は、参考になさって下さい。
このページの目次
1.パワハラの労災認定基準
まず、パワハラに関する労災認定基準を簡単に解説します。
下記3つの基準を満たす場合、パワハラが労災と認定されます。
①労災認定の対象となる精神障害を発病していること
②精神障害の発症前おおむね6か月間に、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと
③業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと
より詳しい内容については、「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」にて解説していますので、気になる方は、是非参考になさってください。
そして、パワハラが労災認定されるか否かが争いになる場合、多くのケースでは、②の、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けた、に該当するか否かが問題になってきます。
2.パワハラによる労災認定を認めた裁判例
(1)国・豊田労基署長(トヨタ自動車)事件
トヨタ自動車事件(名古屋高等裁判所令和3年9月16日判決)では、パワハラによる労災認定が認められています。一審である名古屋地方裁判所では、労災認定が否定されていたので、国側(実質的には会社側)の逆転敗訴判決になっています。
この事案では、うつ病により労働者が自殺したところ、この自殺は業務が原因でなされたものなのか否か、特に業務により、労働者が「強い心理的負荷」を受けたといえるのか否かが争いとなりました。
裁判所は、下記のようなパワハラを認定して、従業員が「強い心理的負荷」を受けたと判断し、労災認定を認めました。
・裁判所が認定したパワハラの内容
本件労働者が、業務の進捗状況の報告などをするたびに、グループ長から、他の従業員の面前で、大きな声で叱責されたり、室長からも、同じフロアの多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けられたりするようになっていたことは、軽視できない。その程度は、同様の叱責を受けていた他の従業員Aをして、後日、本件会社の退職を決意させる有力な理由となるほどのものであり、本件労働者も、これを苦に感じており、また、グループ長及び室長に対し、相談しにくさを感じていた。
グループ長による本件労働者への叱責及び室長による本件労働者への上記叱責は、いずれも業務に関するものではあるが、その態様は、本件労働者と従業員A以外に上記のような頻度、態様で叱責される者は、グループ長の場合は、他にはおらず、室長の場合も、本件労働者と従業員Aの他には1人しかいなかったと感じるほどのものであったから、「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」であり、その「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」と評価するのが相当である。
本件労働者は、グループ長から少なくとも週1回程度、室長から2週間に1回程度の「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」で、その「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」を受けていたと評価するのが相当である。
上記認定のとおり、これらの上司の言動は、「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責」で「態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」といえ、個々的にみれば、その心理的負荷は少なくとも「中」には相当する。
そして、それら精神的攻撃は、グループ長のみならず、室長からも加えられている。そして、これらのパワハラ行為は、平成20年末ころから本件労働者がうつ病の発症に至る平成21年10月中旬頃までに至るまで反復、継続されている。
したがって、上記期間を通じて繰り返される出来事を一体のものとして評価し、継続する状況は心理的負荷が高まるものとして評価するならば、上司からの一連の言動についての心理的負荷は「強」に相当するというべきである。
・裁判所が認定した自殺に至る経緯
本件労働者は、困難であった新型プリウス関連業務を、当初の目標を修正し、期限を延長してやり遂げた後、初めての海外業務を実質一人で担当することになり、中国の事情も機械の内容も分からない状況の中、平成21年9月24日から直ちに取り組み始め、直後から期限の迫った業務をこなしていき、この新たな負荷を契機として平成21年10月中旬までにはうつ病を発症したが、その後も休職することなく業務に当たっていた。
また、2020年ビジョン関連業務が同年12月まで延長されることになったため、本件労働者は、厳しい残業規制(原則残業禁止)の中を、海外業務と併行して2020年ビジョン関連業務を行うことになり、多くの会議に出席し、将来ビジョン及びそれに向けての道筋を示す「CVJ技術の棚」、「CVJロードマップ」を作成した。
本件労働者は、海外業務の現地担当者から、当時の会社の財務状況からして達成困難な要求をされ、また、会社からは、費用削減のためこれまで派遣していた専門家を派遣することなく現地担当者主体で改造するように指示されるなど、困難な課題が課せられ、板挟みの状態となっていた。
しかし、本件労働者に対する直属の上司からの支援はなく、かえって、本件労働者は、グループ長及び室長からは、平成21年1月からおよそ1年にわたり、継続したパワハラを受けていた。
こういった悩みが、本件労働者の「仕事が進まない」、「どうしよう」といった焦燥感を強め、うつ病の症状を増悪させていった。
そして、本件労働者は、平成22年1月11日に、平成21年6月1日以降原則残業禁止となって以降初めて、1時間の残業をし、同月19日にも資料を作成するために1時間の残業をしてから帰宅し、翌朝いつものとおり家を出たが、有給休暇を取得して出社せず、山林で本件自殺をしたと認められる。
・裁判所による総合評価
本件労働者は、新型プリウス関連業務により「達成は容易でないものの、客観的にみて努力すれば達成も可能であるノルマが課され、この達成に向けた業務を行った」といった心理的負荷を、2020年ビジョン関連業務により「軽微な新規事業等の担当になった」あるいは「仕事内容の変化が容易に対応できるものであり、変化後の業務の負荷が大きくなかった」といった心理的負荷を受け、新型プリウス関連業務が一段落したところで、海外関連業務により「仕事内容の大きな変化を生じさせる出来事があった」といった心理的負荷を受けた。
そして、この間、長期間にわたり反復継続して、上司から「必要以上に厳しい叱責で他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」といった心理的負荷を受けていたところ、上記海外関連業務はそれ自体も相当に困難な業務であり、上司の対応にも変化がなかったことから、同海外関連業務の担当となったことを契機として本件発病に至ったものと認めるのが相当である。
上記各出来事の数及び各出来事の内容等を総合的に考慮すると、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度のある精神的負荷を受けたと認められ、本件労働者の業務と本件発病(本件自殺)との間に相当因果関係があると認めるのが相当である。
したがって、労災認定が認められるべきである。
(2)国・津労基署長事件
国・津労基署長事件(名古屋高等裁判所令和5年4月25日判決)でも、パワハラによる労災認定が認められています。こちらの事件も、一審である名古屋地方裁判所では、労災認定が否定されていたので、国側(実質的には会社側)の逆転敗訴判決になっています。
この事案では、労働者が平成22年4月1日に新卒で入社し、その後、適応障害を発病して平成22年10月30日に自殺したところ、この自殺は業務が原因でなされたものなのか否か、特に業務により、労働者が「強い心理的負荷」を受けたといえるのか否かが争いとなりました。
・裁判所が認定したパワハラの内容等
本件労働者は、支店営業部に配属され、その業務を担当することになって以降、課長から、注意を受ける際、大きな声で怒鳴られ、『こんなんで大卒か』、『学卒も大したことないな』、『聞いたことがない大学』などと言われていた。
本件労働者は、これについて、友人に、『静かに言ってもらえればわかるのに』、『何かあると大きな声で怒鳴られる』などと述べ、仕事内容等については、『書類の作り方が分からへん』、『見よう見まねで作っている』、『作ってもあまり評価してもらえない』、『すぐ捨てられる』などと述べていた。
このような課長の指導等に対する本件労働者の受け止め方は、入社間際の平成22年の春から夏頃には、気持ちが外側に向いており、仕事が分からない自分や上司に対する怒りであったのが、平成22年の盆過ぎ以降は、気持ちが内側に向いて、仕事が分からない自分が悪いのかという様に変わってきた。
そのほか、本件労働者が所属する部署では、飲み会が多く、本件労働者がこれを断った次の日に無視されるなどしたため、非常に断り難い状況になっており、本件労働者は、飲み会では、周囲からいじられたり、強くあたられたりするなどもしていた。
さらには、本件労働者は、平成22年6月の職場の慰安旅行の際に、上司等のために風俗店の予約を取らされるなどし、その後も、風俗関係の予約を取らされることがあり、本件労働者は、理不尽に感じ、『こんな低俗なことをしている会社だとは思わなかった』、『これも仕事なんかなあ』、『これが仕事やったら、やってけやん』などと述べていた。
加えて、平成22年10月9日の休日出勤の際には、本件労働者は、課長から、『計算ミスはお前のせいや』、『おまえなんか要らん』、『そんなんもできひんのに大卒なのか』などと、業務指導の範囲を超える叱責をされた。
・担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度
本件労働者の担当案件は、そもそも新入社員にとっては難易度の高い業務であり、かつ、本件労働者が主担当を引き継いだ際には、当初(平成22年4月)予定されていたスケジュールから3か月程度遅れていたため、引き継いだ当初からタイトなスケジュールで業務を進めざるを得ない状況になっていたものであり、本件労働者としては、業務の進め方自体も分からずにいるところ、参考となり得る適切な前例等の資料もなく、主任らから見本等を示されることもなく、それ以前から見よう見まねで書類等を作成しても駄目出しをされ、本件労働者が真に理解できるような十分な説明や指導が必ずしもされていなかったという状況であったことを踏まえると、中間報告前までの段階においても、本件労働者が受けていた心理的負荷の程度は少なくとも『中』に該当するものであったと認められる。そして、下記のとおり、中間報告の前後を含めた一連の出来事を通じて本件労働者がさらに著しい心理的負荷を受けたと認められることを考慮すると、当該担当案件の業務に関して本件労働者が受けた心理的負荷の程度が『強』に該当することは明らかというべきである。
■裁判所が認定した中間報告の件
本件労働者は、平成22年10月19日の客先への訪問及び翌日の打合せを経て、提案に必要な情報を収集するため,同年10月28日に現場再調査を行う予定としていた。
しかし、平成22年10月26日に行われた感謝の集い(本件会社が得意先を招いて感謝の意を伝えるとともに情報交換を行う場)で、当該案件の他の担当者が客先から中間報告を求められたことから、急きょ、2日後の同月28日に中間報告を行うことになった。
本件労働者は、A4用紙1枚程度の中間報告書の作成を指示されこれを引き受けたものの、結局、作成できなかったことや、同月28日の客先に向かう車中で、報告書なしで中間報告をすることにつき、本件労働者が主任に対し『どんな風にすればよいか?』との質問を繰り返していたこと等からすれば、本件労働者は、中間報告で何をどのように報告したらよいかを理解できていなかったものと認められるが、中間報告を行うことになった上記の経緯に照らせばやむを得ないことであり、理解できていないまま自身が主となって中間報告を行わざるを得ない状況になったことは、本件労働者には相当に大きな心理的負荷になったと考えられる(このことは、本件労働者が、持参すべきメジャーやカメラを忘れ、事務所まで取りに戻ったこと、安全に自動車の運転ができる状態ではなかったことにも現れている)。
そして、客先から、中間報告書がないことについて、『今日はこれだけ?』と言われ、これを受けた他の担当者が、謝罪して、当日の聴き取り結果と現場再調査結果に基づき早急に資料を作成すると述べたことは、当該案件の主担当であり、上記のような状況であった本件労働者にいわば追い打ちをかけたに等しいものであり、心理的負荷が大きく増大することになったと考えられるのであって、上記のような経過とその後の課長や主任とのやり取りを受けて、本件労働者は担当案件の業務の進め方や目標等について大きく混乱し、予定どおりに進められなかったことに自信を失い、更なる心理的負荷を受けたものと認められる。
・裁判所による総合評価
以上検討したところによれば、本件労働者が上司からしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言をされており、それによる心理的負荷の程度が少なくとも『中』に該当することをベースとして、本件労働者が平成22年4月1日付けで本件会社に新卒入社してから、平成22年10月30日の本件自殺までの間に担当した業務のうち、上記以外のその他の担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『中』に、上記担当案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『強』にそれぞれ該当すると評価し得ることを総合考慮すれば、本件労働者が本件会社における業務により受けていた心理的負荷の程度は、全体評価としても『強』に該当することは明らかというべきである。
したがって、労災認定が認められるべきである。
3.労災認定が否定されるか否かの重要な要素
前回の記事で解説した裁判例では、会社代表者が従業員に対して、かなり強い暴言を吐いていましたが、労災認定が否定されていました。
対して、今回解説した裁判例では、従業員への労災認定が認められています。
労災認定が否定されるか否かで大きく差をわけたのは、①従業員がパワハラを受けた期間の長さ、②パワハラが業務指導の目的でなされたといえるか否かです。
①従業員がパワハラを受けた期間の長さについては、これまで解説してきた労災認定を否定した事例では、従業員がそもそも10日程度しか働いていなかったり、パワハラが継続された期間が全体で約1ヶ月程度にすぎませんでした。
対して、今回解説した労災認定を認めた事例では、1つ目の事例が、およそ1年にわたり継続したパワハラを受けていた事例です。また、2つ目の事例も、新卒入社から自殺に至るまで、約7か月もパワハラを受けていた事例です。
パワハラでの労災認定の場合には、パワハラの反復継続性が重視される傾向がありますので、①従業員がパワハラを受けた期間の長さが大きな要素になってきます。
次に、②パワハラ行為が業務指導の目的でなされたといえるか否かも、労災認定が否定されるか否かの大きな要素になっています。
労災認定を否定した事例では、業務指導の範囲を逸脱したものと評価されることはあったものの、上司や会社代表者の叱責や段ボールを蹴り上げるなどの言動が、少なくとも、従業員側の何らかの行為(ミスなど)に対する指導目的の意図が見受けられていました。
対して、今回解説した事例では、不必要に従業員を過剰に叱責しており、指導目的の意図が認定できない事例でした。誤解を恐れずに踏み込んで言うと、今回解説した事例は、裁判所が認定した事実だけを見ると、マネージメント能力の無いパワハラ上司が、有能な従業員を自殺に追い込んだように見受けられる事案でした。言い換えれば、従業員側が特段悪いことをしていない(むしろ、どちらの従業員とも仕事を前向きに取り組み、かなり能力の高い従業員に見えます)のに、上司がパワハラをして、部下を潰している案件に見えます。このように、上司による叱責等が、指導目的の意図が認定できない場合には、労災認定が認められやすくなってしまいます。
言い換えれば、社内でパワハラが行われても短期間でそれが改善される仕組みがあったり、指導目的の叱責なのであれば、それが多少過剰であっても、労災認定が否定されるように見受けられます。
なお、パワハラによる労災認定を否定した裁判例については、「パワハラによる労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説」、「暴言でのパワハラの労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説」などで、詳細に解説していますので、気になる方は参考になさってください。
4.最後に
今回は、パワハラの労災認定が認められた裁判例について紹介しました。
パワハラ問題に関しては、その性質上、自社のみでの対応が難しいことも多いですので、そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。
当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。
パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。