パワハラによる労災認定を否定した裁判例について、企業側の弁護士が解説

近年、社会全体で、パワハラ防止に対する意識が高まっています。

そして、従業員がうつ病などに発症した際に、従業員側から、パワハラでの労災認定を主張されることもあります。

前回の記事では、①パワハラに関する労災認定の基準や、②企業の対応方法について解説しました(「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」)。

今回は、パワハラでの労災認定が否定された裁判例を、会社側で労働問題に注力している弁護士が解説します。企業の経営者の方や、担当者の方は、参考になさって下さい。

1.パワハラの労災認定基準

まず、パワハラに関する労災認定基準を簡単に解説します。

下記3つの基準を満たす場合、パワハラが労災と認定されます。

労災認定の対象となる精神障害を発病していること

精神障害の発症前おおむね6か月間にパワハラによる「強い心理的負荷」を受けたこと

業務以外の心理的負荷やその人固有の要因により、精神障害を発病したとは認められないこと

より詳しい内容については、「パワハラで労災認定される?企業の対応方法についても解説」にて解説していますので、気になる方は参考になさってください。

そして、パワハラを理由に労災認定されるかが争いになる場合多くのケースでは、②の、パワハラによる「強い心理的負荷」を受けた、に該当するか否かが問題になってきます

2.パワハラでの労災認定を否定した裁判例

国・亀戸労基署長事件(東京地裁令和4年7月29日判決)では、タクシー運転手として勤務していた従業員が、研修中に、上司からパワハラを受けたことにより抑うつ状態になった旨主張し、労災認定を求めました。

裁判所は、下記①から③のような従業員に心理的負荷を与える事情を認定しましたが、これらの事情により、従業員が「強い心理的負荷」を受けたとはいえないと判断し、労災認定を否定しました。

・裁判所が認定した事実①

研修車に上司と同乗し、路上研修として従業員が運転していたところ、上司が後部座席で煙草を吸い始め、従業員が上司に対して喫煙をやめてほしい旨述べたところ、上司は聞こえない旨述べて、喫煙を継続して、1、2本の煙草を吸った。

・事実①に対する裁判所の判断

車内で喫煙する乗客への対応は、タクシー運転手の業務において現実的に起こりうる事態と考えられ、従業員の指摘に対する上司の「聞こえない」との発言は、従業員に更なる対応を促す趣旨と理解できる。

また、上司が吸った煙草の本数も1、2本にとどまっていることを考慮すると、従業員が受けた心理的負荷の強度は「弱」にすぎない。

・裁判所が認定した事実②

従業員が会社の車庫で車両を斜めに駐車した際、上司が、車両を手で複数回叩いた上、車両をまっすぐ駐車するよう大声で従業員を叱責して、その後、他の従業員にも声が伝わる会議室において、駐車が下手である旨を述べて従業員を叱責した。

・事実②に対する裁判所の判断

上司は、従業員の駐車について、後部座席からの乗降に支障が生じることを指摘しており、その趣旨は、従業員に対しタクシー運転手として正確な駐車が求めるものであって、業務指導の範囲内というほかない

また、事故の防止や円滑な乗降の観点から、正確な駐車がタクシー乗務員にとって重要であることは明らかであり、この点で、上司の指導により、従業員との間に業務をめぐる方針等に顕著な対立を生じたものとも認め難い。

以上を考慮すると、叱責が大声でされたなどやや過剰な点があるとしても、従業員が受けた心理的負荷の強度は「中」にすぎない。

・裁判所が認定した事実③

従業員と同じく研修生であった者と、従業員が研修車に同乗し、道路上を走行する研修を行った際、他の研修生が右折禁止に違反して交差点を右折したことについて、他の研修生とともに上司から大声で叱責され、反則金については研修車に乗っていた3名が分担して支払うように言われたこと

・事実③に対する裁判所の判断

交差点における右折禁止の存在は広く知られ、従業員もこれを認識していたことや、他の研修生が警察官による警告にもかかわらず右折走行を継続し、この間従業員も右折禁止を指摘していないことに照らせば、上司による叱責は、研修中の従業員に対し、運転中・同乗中を問わず、交通規則の遵守を徹底すべきことを指導したものと認めるのが相当であり、それ自体、業務指導の範囲内というほかない

交通規則の遵守の徹底は、従業員の業務上極めて重要な事項であることに照らせば、上司の上記指導により、業務をめぐる方針等について、従業員との間に顕著な対立が生じたとは認められない。
また、上司による叱責は30分程度継続したものと認められ、過剰かつ執拗といえるが、一方では、叱責の一部は直接の違反者である他の研修生に向けられたもので、上司は、従業員の集中の欠如を強く叱責し続けたものにとどまり、従業員の人格や人間性を否定したものとまでは評価し難い。さらに、反則金の分担についても、叱責の過程で1、2度言及したにすぎず、他の研修生が全額負担した後も従業員に執拗に分担を求めたものではない。

以上を考慮すると、原告が受けた心理的負荷の強度は「中」にすぎない。

・裁判所の総合評価

裁判所が認定した事実について、従業員が受けた心理的負荷の強度については、いずれも単独では「強」の評価とはならない。

そして、これらの事実は、いずれも従業員がタクシー会社での勤務中に同一の上司から受けた行為に関するものであるため、この上司の行為全体を一つの出来事として評価すべきである。

この点、これらの行為が継続した期間は全体で1か月程度にすぎない

そして、裁判所が認定した上司の言動については、その態様において過剰な点があるものの、いずれも、上司において、業務指導の観点から従業員に対し強い叱責等をしたにとどまり、従業員の人格や人間性を否定するような言動をしたとも、業務指導の範囲を逸脱した言動を執拗にしたとも認められない。

また、指導の対象となった事項(正確な駐車、交通規則の遵守)については、事故防止等の観点から重要である一方で、乗務開始後に、各乗務員の状況を逐一指導監督することは困難と考えられることに照らせば、研修期間中に集中して指導を徹底することが必要な事項といえ、労働者の側でも、これを前提として研修中の指導を受け止める側面があるものと考えられる。

以上の事情を考慮すれば、上記の各出来事を一つの出来事として検討しても、原告が受けた心理的負荷の強度は「中」にとどまるというべきである。

したがって、労災認定は否定されるべきである。

3.最後に

今回は、パワハラでの労災認定が否定された裁判例について紹介しました。裁判例をかみ砕いて説明したつもりですが、分かりづらい部分もあるかと思います。

パワハラ問題に関しては、その性質上、自社のみでの対応が難しいことも多く、そのような場合には、是非とも弁護士をご活用下さい。

当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。

パワハラ案件についても、多数の対応経験を有しており、パワハラ問題に関する、企業側の対応策を熟知していると自負しております。

パワハラ問題でお悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

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