企業運営をしていると、自社の従業員が引き抜かれることもあります。
これまでの記事では、従業員の引き抜きが違法と評価される場合などについて、解説してきました。
■これまでの記事
②「従業員の引き抜きを違法と評価した裁判例について、企業側の弁護士が解説」
③「派遣スタッフの引き抜きを違法と評価した裁判例について、会社側の弁護士が解説」
今回は、従業員の引き抜きが違法と評価された場合に、裁判所が、どのくらいの損害額を認めているのかについて、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説します。経営者の方や、担当者の方は、是非参考になさってください。
このページの目次
1.売上減少分全額が認められるわけではない
従業員を違法に引き抜かれた場合、売上減少分全額を、損害として認めて欲しいと考えるのが通常でしょう。
しかし、裁判例上、売上減少分全額を、損害として認めてくれるわけではありません。
この理由について、裁判例は、下記の理由を挙げています。
①従業員には、退職・転職の自由が認められており、従業員の自由意思による退職・転職によって、企業に発生する損害については、企業が甘受し、その従業員に賠償を請求することができないのが原則であること
②企業としては、適宜の方法で従業員を補充し、その損失を最小限にすべく努めるのが通例であるが、元の状態に業績が回復するまでの期間が長く、またそれまでの経費が多かろうと、企業としてはこれを甘受しなければならないこと
2.裁判例上認められている損害額
裁判例上、従業員の引き抜きが違法と評価された場合には、下記の①から②を差し引いた金額を、損害として認めることが多いです。
■計算式
①引き抜かれた従業員が上げていた粗利益の1か月から3か月分
※粗利益とは、売上高から売上原価(製造原価)を差し引くものです。
②引き抜かれた従業員の給与+各種保険料(労災保険、雇用保険、健康保険、厚生年金等)のうち原告が負担している部分
・具体例
引き抜かれた従業員が、月150万円の粗利益を上げており、当該従業員の給与と、各種保険料の会社負担分の合計額が月40万円だったとします。
この場合に、裁判所が、3か月分の粗利益を基準に損害額を認定した場合には、330万円の損害賠償請求が認められることになります。
①粗利益の3か月分→月150万円×3か月=450万円
②引き抜かれた従業員の経費→月40万円×3か月=120万円
①450万円-②120万円=330万円
3.7200万円の損害賠償請求を認めた裁判例も
裁判例上、従業員の引き抜きも問題になった事例で、7200万円もの損害賠償請求を認容したケースもあります。
この事例は、クリニックの院長であり、医療法人の理事であった者が、クリニックに極めて近い場所に診療施設を開設して、従業員の引き抜きを行うとともに、患者に対しても転院を働きかけた事例です。
裁判所は、クリニックの経営を左右するほど重大な損害を発生させたとして、当該院長に対して、7200万円もの損害賠償請求を認めました。
この事例では、クリニックが行っていたのが、人工透析であり、人工透析を受ける者という患者の性質上、ある診療施設に通院可能な地域の患者数はおのずから限られているのであるから、クリニックに極めて近い場所に診療施設を開設し、クリニックの患者に転院を働きかければ、クリニックの患者が減少し、その経営に影響を与えることは明らかであったという点が重視されています。
4.最後に
今回は、従業員の引き抜きが違法と評価された場合に、裁判所が、どのくらいの損害額を認めているのかについて、企業側の弁護士が解説しました。
7200万円のケースはさておき、多くの経営者の方にとっては、裁判所が認める損害額は割に合わないものだと思います。
そのため、可能な限り、従業員の引き抜きを事前に防止する措置を講じた方がよいです。
この辺りについては、次回の記事で解説いたします。
当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
従業員の引き抜きについて、お困りの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。