企業運営をしていると、元役員が自社の従業員を引き抜いてきたり、競合他社が自社の従業員を引き抜いてくることもあります。
前回の記事では、従業員の引き抜きが違法と評価されるか否かの判断基準について、詳細に解説しました(「従業員の引き抜きが違法と評価される場合とは?」)。
今回は、実際に従業員の引き抜きが違法と評価された裁判例について、会社側で労働問題に注力している弁護士が解説します。経営者の方や、担当者の方は、是非参考になさってください。
このページの目次
1.従業員の引き抜きが違法か否かの判断基準
まず、どのような場合に、従業員の引き抜きが違法と評価されるのかについて、簡単に解説します。
引き抜き行為をしてきた相手方が、①在職中の取締役や従業員、②自社の元取締役や元従業員、③競合他社のいずれかで、判断基準は少し変わることになりますが、概ね、下記の場合には、従業員の引き抜きが違法と評価されることになります。
■判断基準
単なる勧誘の範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した方法で引き抜き行為が行われた場合には、引き抜き行為が違法となる。
引き抜き行為が違法と評価された場合には、実際に引き抜き行為をしてきた相手方に対する損害賠償請求が認められることになります。
より詳しい内容については、「従業員の引き抜きが違法と評価される場合とは?」の記事にて解説しています。気になる方は、参考になさってください。
2.従業員の引き抜きを違法と評価した裁判例
ラクソン事件(東京地裁平成3年2月25日判決)では、会社に在職中の幹部社員が自身の部下の大多数を、転職先の競合他社に引き抜いた行為の違法性が、問題となりました。
この裁判例では、競合他社への大量の引き抜きが計画的、背信的であるとして、①当該引き抜き行為をした幹部社員、及び、②転職先の競合他社への損害賠償請求を認めました。
この裁判例は、少し古い裁判例にはなりますが、今なお重要な価値がある裁判例ですので、以下では、詳細に、この裁判例を解説していきます。
(1)引き抜き行為をした幹部社員の責任
この裁判例では、幹部社員による引き抜き行為が、「計画的かつ極めて背信的」なものであり、「もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引き抜き行為であり、不法行為に該当するものと評価せざるを得ない」と判断し、幹部社員の損害賠償責任を認めました。
裁判所が、違法性の判断に際して、以下の事実を重視しました。
■裁判所が重視した事実
①引き抜き行為をした者が、会社の営業において中心的な役割を果していた幹部社員で、しかも引き抜き行為の直前まで会社の取締役でもあったこと
②引き抜き行為をした者が、部下とともに会社の社運をかけたプロジェクトを任されていたこと
③引き抜き行為をした者も、自身とともに部下が一斉退職すれば、会社の運営に重大な支障が生じることを熟知していたこと
④引き抜き行為の方法も、まず役職者の部下たちに対して移籍を説得したうえ、その説得が成功した後に、会社に知られないように、内密にその下の部下であるセールスマンらの移籍を計画・準備したこと
⑤セールスマンらが移籍を決意する以前から、移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備していたこと
⑥慰安旅行を装って、事情を知らないセールスマンらをまとめて連れ出し、ホテル内の一室で移籍の説得を行ったこと
⑦その翌日には、打合せどおりホテルに来ていた、転職先の会社役員に、移籍先の会社の説明をしてもらったこと
⑧役員に会社説明をしてもらった、その翌日から、早速競合他社の営業所で営業を始め、その後にセールスマンらに被害会社への退職届けを郵送させたこと
この裁判例では、上記①から⑧の引き抜き行為の態様が、計画的かつ極めて背信的であったといわねばならないと評価して、幹部社員の損害賠償責任を認めています。
(2)引き抜き行為に加担した競合他社の責任
この裁判例は、引き抜き行為に加担した新雇用主の行為についても、「単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない」と判断し、競合他社の損害賠償責任を認めました。
裁判所は、競合他社の下記のような行為を重視して、違法である旨の判断をしました。
■裁判所が重視した事実
①事前に引き抜き行為をした幹部社員に接触し、被害会社における幹部社員やその部下の役割と、それらが抜けた場合の被害会社の受ける影響を十分認識していながら、幹部社員と集団的移籍のための方法を協議していたこと
②従業員の大量移籍が、あくまで被害会社に内密に行われることを前提にして、いわば不意打ち的な集団移籍の計画であったこと
③セールスマンらに移籍の勧誘がされる前に、被害会社の幹部社員とその部下たちが移籍することを前提として、あらかじめ30坪の広さを有する事務所を被害会社の幹部社員に提供したこと
④慰安旅行先に出向いて、セールスマンらに対し自社の会社の説明をすることを、旅行の前から、被害会社の幹部社員と打合せていたこと
⑤慰安旅行が被害会社の代表者に発覚したとの報告を幹部社員から受けると、急遽、当初と異なるホテルを手配したり、バスをチャーターし、しかもこのホテル宿泊費及びバスチャーター料をすべて負担するなど、移籍の勧誘のための場所作りに積極的に関与したこと
⑥慰安旅行の2日目には、実際にホテルの会議室で、被害会社のセールスマンらに自社(新雇用主)の会社の説明会を開催したこと
⑦振興会の準会員として、セールスマンリクルートを自粛するという振興会の統一見解を遵守しなければならない立場にあったにもかかわらず、それに違反する、引抜行為を実行したこと
この裁判例では、上記①から⑦の事情を、総合判断すると、競合他社の行為は、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない旨判断されています。
3.最後に
今回は、従業員の引き抜きが違法と評価された裁判例について、企業側の弁護士が解説しました。
当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
従業員の引き抜きについて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。