企業運営を行っていると、自社の元役員が自社の従業員を引き抜いてきたり、競合他社が自社の従業員を引き抜いてきたりすることもあります。
もし、自社の従業員が引き抜かれた場合、引き抜き相手に対する損害賠償請求は認められるのでしょうか。引き抜き行為が違法と評価される場合には、引き抜き相手に対する損害賠償請求が認められることになります。
そこで、今回は、従業員の引き抜きが違法と評価される場合について、企業側で労働問題に注力している弁護士が解説いたします。自社の従業員が引き抜かれた経営者の方や、企業担当者の方は、是非参考にしてみてください。
このページの目次
1.引き抜きが問題となる3つのケース
自社の従業員が引き抜かれた場合、おおよそ、下記の3つのケースが考えられます。
(1)在職中の取締役や従業員が、自社の従業員を引き抜くケース
意外と多いのが、在職中の取締役や従業員が、自社の従業員を引き抜くケースです。
在職時に引き抜き行為をした取締役や従業員は、通常、その後に自社を辞めて、競合他社に転職するか、競合の会社を設立します。
この場合、引き抜き行為をした取締役や従業員への損害賠償請求とともに、競合他社への損害賠償請求も検討することになります。
(2)自社の元取締役や元従業員が、自社の従業員を引き抜くケース
既に、自社を辞めた取締役や従業員が、競合他社に転職したり、競合の会社を設立しており、自社の従業員を引き抜いてくるケースです。
実務上、このパターンが特に多い印象です。このケースの場合、引き抜き行為をしてきた元取締役や元従業員は、自社を辞める際に自社と揉めていることも多いです。
この場合には、引き抜き行為をした元取締役や元従業員への損害賠償請求とともに、競合他社への損害賠償請求も検討することになります。
(3)競合他社が、自社の従業員を引き抜くケース
最後は、競合他社が、自社の元従業員などを介在させずに、単独で引き抜いてくるケースです。
このケースの場合には、上の2つのケースほど、強引に引き抜いてくることは少ない印象です。
2.引き抜きが違法と評価される場合について
自社の従業員が引き抜かれた際に、会社が損害賠償請求を行うことを検討する相手方は、下記の3者になります。
①在職中に引き抜き行為をしてきた取締役や従業員
②退職後に引き抜き行為をしてきた自社の元取締役や元従業員
③引き抜き行為をしてきた(又は①や②に加担した)競合他社
引き抜きが違法と評価されるか否かの基準については、下記にて詳しく解説しますが、引き抜き行為が社会的相当性を逸脱したと認められる場合には、違法との評価を受けることになります。
(1)基本的な考え方
労働者には、職業選択の自由があり、労働者には転職の自由が認められています。それゆえ、労働者が新たな就職先と雇用契約を締結することも自由です。
そのため、このような自由を有する労働者を勧誘したり、情報提供などにより援助することも、原則として自由であるとされています。
裁判例においても、会社に在職中の社員が他の従業員に対して、自身の転職先の競合他社への引き抜き行為をした事例で、これが単なる転職の勧誘にどどまる場合には、違法ではないと判断しています。
■裁判所の判断(原則論)
従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として就業規則を遵守するなど雇用契約上の債務を誠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負い、従業員がこの義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合は、これを賠償すべき責任を負うというべきである。
そして、労働市場における転職の自由の点からすると、従業員が他の従業員に対して同業他社への転職のため引き抜き行為を行ったとしても、これが単なる転職の勧誘にどどまる場合には、違法であるということはできない。
仮にそのような転職の勧誘が、引き抜きの対象となっている従業員が在籍する企業の幹部職員によって行われたものであっても、企業の正当な利益を侵害しないようしかるべき配慮がされている限り、これをもって雇用契約の誠実義務に違反するものということはできない。
(2)引き抜きが違法と評価される場合
ア 在職中に取締役や従業員が引き抜き行為をした場合
しかし、当然ながら、引き抜き行為が、どのような場合にも適法となるわけではありません。
裁判例上も、会社に在職中の幹部社員が他の従業員に対して、自身の転職先の競合他社への引き抜き行為をした事例で、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、引き抜き行為が違法になると判断されています。
■裁判所の判断(違法と評価される場合について)
企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れないというべきである。
そして、当該引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかの判断においては、引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべきである。
■弁護士の補足解説
自社に所属する者が他の従業員を引き抜いたことが問題になった際には、裁判所は、引き抜き行為が社会的相当性を逸脱した場合には、違法になると判断します。
そして、多くの裁判例の傾向を見てみると、その判断にあたっては、概ね、下記の4つの事情を中心に、諸般の事情を総合考慮して判断されています。
①引き抜き行為をした従業員の当該会社における地位
引き抜き行為をした従業員が、会社の幹部社員であったり、会社の中で中心的役割を果たすものであった場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。
②引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数
引き抜かれた人数が多く、しかもその会社で重要な地位を担っている者を引き抜いた場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。
③従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響
引き抜きにより、会社の業務運営に重大な支障を及ぼす場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。
④引き抜きの際の勧誘の方法・態様
下記の場合には、違法であるとの方向に傾くことになります。
・競合他社への就職が内定していながら、これを会社に隠して引き抜き行為をした
・引き抜き行為をした者や引き抜かれた者が、突然会社を退職した上、退職にあたって何らの引継ぎ事務を行っていない
・他の従業員に会社にとってマイナスな虚偽の情報を伝え、金銭供与をするなどして転職を勧誘した
・慰安旅行を装って、事情を知らない従業員をまとめて連れ出し、ホテル内の一室で移籍の説得を行った
イ 自社の元取締役や元従業員が引き抜き行為をしてきた場合
自社の元取締役や元従業員が引き抜き行為をしてきた場合、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されます。
そして、その判断にあたっては、①引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、②従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、③引き抜きの際の勧誘の方法・態様などの事情を中心に、諸般の事情を総合考慮して判断されることになります。
判断基準については、概ね同じであるものの、在職中の取締役や従業員による、引き抜き行為のケースよりは、違法と評価されることが難しくなります。
■裁判所の判断
従業員が勤務先の会社を退職した後に当該会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは原則として違法性を有しないが、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負うと解すべきである。
ウ 競合他社が引き抜き行為をしてきた場合
競合他社が引き抜き行為をしてきた場合、単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いたといえる場合には、引き抜き行為が違法と評価されることになります。
裁判例で問題になるケースは、競合他社が単独で引き抜き行為をしてきた場合よりも、(1)や(2)の従業員の引き抜き行為に加担している場合が多いです。
■裁判所の判断
企業が同業他社の従業員に対して自社へ転職するよう勧誘するに当たって、単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合、当該企業は、同業他社の雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為責任に基づき、引き抜き行為によって同業他社に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。
3.最後に
今回は、従業員の引き抜きが違法と評価されるか否かの判断枠組みについて、解説しました。
次回は、実際に従業員の引き抜きが違法と判断されて、引き抜き相手に対する損害賠償請求が認められた裁判例について、詳細に解説していきたいと思います。
当事務所は、1983年の創業以来、中小企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
従業員の引き抜きについて、お悩みの事業者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談頂ければと思います。